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「わ!お、おじょうさん!」

貯蔵庫の戸を開け、目に飛び込んできた彼女にカイは一人慌てふためいていた。

得にやましいことも、彼女がいて不都合な事はない。

ただ、相変わらずカレンを見るだけで、心の準備がなければ異常に心拍数が高鳴り調子が出ない自分に、カイは苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。

対するカレンは、慌てるカイをちらりと一目見て確認すると、そのまま何事もなかったかのように視線をワインへと戻す。そんな姿にカイは残念そうに肩を竦め、そっと開いたままの戸を閉めた。

「おじょうさん、何してるんですか?」

言ってカイは後悔した。「あんたに関係ないでしょ」と冷たい言葉が返ってくるのは経験上わかっていることなのに。

しかし、すぐ返って来るはずのその言葉は返って来ない。それどころか、機嫌が良いのかカレンは微笑を浮かべ振り返ったのだった。

「ぶどう、甘くて良い香だなって」

そう言うカレンを見て自然と惚ける顔をカイは頭を振って必死に引き締めようと努める。
同時に、肩透かしを食らったような気がしてスッと体から力が抜けた気がした。

ここ最近になってからだった。こんな風にカレンがよく笑うようになったり、果樹園によく居るようになったのは。

だから何と無く距離も近くなったように感じて、余計にカレンの事が不安に感じるようになったのもつい最近の話。
こんなに嬉しそうに、楽しそうにワインを眺めていても、悪い方へと考える自分に嫌気を感じずには居られなかった。

「カレン、おじょうさん」

今なら、聞けるような気がした。
名を呼ばれ自分を見つめるカレンと目が合い、思わず視線をそらしてしまう。

けれども、カイは直ぐさま彼女の翠に視線を戻す。久々にこんなに真っ直ぐ向き合った気がして、カイは思わず息を呑んだ。

「まだ……踊り子になって都会に行きたいって、思ってる……っスか」

段々消え入るように小さくなるなる声に、揺らぐ自分の視線。聞きたいはずの答えを聞くのが酷く恐ろしかった。

一瞬、驚いたように目を見開いたカレン。しかし、明らかに動揺を見せるカイに笑みを浮かべると、彼女は小さく口を開ける。

「うん」

たった一言、きっと何処かでわかりきっていた答え。
けれど、もしかしたらと何処かで期待はしていた。

「そうですか」そう笑顔で言うのが今のカイには精一杯だった。
頑張って下さい、きっとなれますよ、そんな言葉が浮かぶが、喉の奥に引っ掛かったように出て来ない。

「でも今あんたに言われるまで忘れてた」

「え?」

「だから、最近、ここも悪くないかなって思ってるの。ワイン、売れるようになって……その……父さんも、母さんも楽しそうだし」

少し頬を染め、言いづらそうに視線をそらし口を尖らせるカレン。
その言葉に確かに光が見えた気がして、カイわわかりやすいほど顔を綻ばせた。

「あ、あんたはどうなのよ」

カレンは話題を自分から退けるようにカイに振り返す。

そんな彼女の切り替えしに、カイは一瞬体を強張らせるが、彼は再び真剣な眼差しでカレンを見据える。

「自分は、自分はこのままここで、旦那さんと奥さんと……、カレンおじょうさんと、一緒にワインを作っていきたいっス」

そう、まるで意を決したような顔をしてカイはしっかりとカレンに告げた。
尋常じゃない程高鳴る胸に、つい握りしめた拳に力が入ってしまう。

「ふーん。いいんじゃない。あんた果樹園向いてそうだし」

「あ、あはは……そうっスか……」

緊張感を漂わせる自分と対照的に、軽く受け流すかのように言ったカレン。
そんな彼女に、ダラリとすっかり肩の力が抜けたカイは愛想笑いを浮かべた。

(さりげなく、想いを伝えたつもり……だったんだけど)

近づいたと思った距離は、まだまだ遠いようで。
けれどもこうして共に過ごせる時間がある事が凄く幸せだと感じる自分は、やはり彼女が好きなんだなと実感する。

「よし、今日は飲み比べするわよ!」

「え!?おじょうさんと自分がっスか!?」

「当たり前じゃない。負けたらただじゃおかないから。でも負けるつもりさらさらないけど!」

(どういう事っスか…)

勝手なことを言っておいて、勝手にワインを手に取るカレン。そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、カイは静かに笑みを零した。



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