「やあ、浮かない顔してるね!クレアちゃん!」
「まぁ、情けない面下げて何かしら?ピートくん」
何時ものトレードマークである帽子を外し、何処から引っ張り出したのか、見慣れないスーツを着たピートは、ポケットに手を突っ込んでへらへら笑いながら声をかけてきた。
あまりにもむしゃくしゃしてるので、私も負けじと満面の笑みで毒づく。けれども、ピートは表情を崩しやがらないので、ちっとも面白くはなかった。
「はは、どうしたの?そんなに綺麗に着飾ってさ。そんな服見たことないんだけど」
「それはお互い様でしょ。あんたのスーツ姿も初めて見たし、何髪ばっちりセットしてんのよ」
そりゃお前もだろと、ピートは少し眉間に皺を寄せた。しっかり決めた髪の事を言われ不快に思ったのだろう。私も髪は今日1番時間かけたんだもの。馬鹿にされたら苛つくわ。
誰もいなくなった教会。
先程まで賑わってたここには、今はカーターさんすらいない。
醜い自分を少しでも懺悔しようと一人でいたのに、何でこいつにこんなとこでも会わなきゃならないのかと神様とやらを教会で呪ってしまった。
「ああ、あんたも懺悔しにきたわけ」
それなら理解できるなと思って聞いてみたら、ピートは「うるせ」と短く言って、漸く本当の感情を面にだして私の横へ腰掛けた。
「エリィ、可愛かったな……」
「馬鹿じゃないの?今その名前を口にする?」
ぽつりと呟いたピートの言葉。それに体が反応する。
キッ…と憎しみを込めて睨みつければ、ピートは悲しそうな顔をして私に微笑んだ。そんな顔するなら最初から口に出すなと言いたかったけど、言葉にできない。
だって、
「ドクターだって無茶苦茶かっこよかったんだから……」
私だって同じだから。
今度はピートの目が鋭くなる。
私達が恋をした人達は、今日、幸せへの第一歩を踏み出した。
二人とも白い衣裳を身に纏い顔を見合わせて微笑んだり、照れたり、愛を誓ってキスしてみたり。
最後にドクターを惑わして見ようと、普段と違う格好してみたり、綺麗に化粧してみたり、髪を結ってみたりしたけれど、彼は隣の女性しか見ていなかった。
きっと、ピートもそう。
最後の最後まで報われなかった私達は、偽りの笑顔を作って、偽りの言葉を送ったのだ。
「おめでとう」と。
「ドクターさ、私に招待状渡しに来た時、何したと思う?」
急に話しを変えた私に、ピートは何も答えない。完全に独り言と化したそれだったが、私は言葉を止めはしなかった。
「君には色々お世話になったね。健康に気をつけるんだよって、ちからでーる渡したのよ。何にもお世話してないっての。そしてちからでーるってさ、有り得ないでしょ?」
ははは、と笑いながら私はその時の事を語った。
馬鹿よね、と言いたかったけど言えるわけない。
そんな馬鹿を好きになったのは、この私なんだから。
「お前なんかまだ役に立つじゃねーか。俺なんか最後に手作りの手料理だぜ?これ食って死んでやろうと思って食ったのに、エリィが作ったのに美味いでやんの。あいつの為に料理上手くなっただ?はっ、笑わせんなよ!誰が昔毒味したと思ってんだよ!腹も壊さないわ、死なないわ、役にたたねーっつうの!」
そう一息で言いきったピートは、苦しそうに乱れた呼吸を肩を震わせながら調えようとしていた。あまりの勢いに、同じく苛立っていた私ですら圧倒される。
そして再び静寂を取り戻す教会。
シン…と静まった教会は、私達の気持ちを感じ取ったかのように重く感じた。
「どうすんのよ?それ」
落ち着いたであろうピートは、一度溜息を吐き出してから、私の手に握られた小さなブーケを顎で指す。
先程投げられたこの花束は、皮肉なことに私の手に舞い降りたのだ。
「ははっ、結婚相手すらいないのにブーケ受け取んのかよ!つくづくついてねぇな」
まるで小馬鹿にするように、ピートは笑った。こんなに無邪気に笑うこの男を、彼女は選ばなかったのだ。
「お互い様よ」
今日、何度思った言葉だろうか。自分で言って悲しくなるなんて。ほんとついてない。
「ねえ、何でクレア笑ってんの?」
「だから、お互い様でしょ?」
「ふーん。じゃあ、無理してんだね」
そう言ったピートに、私は目を見開いた。ニコリと笑みを作った顔は、そんな私を黙って見てるだけ。
なによ、あんただって無理してるんじゃない。
「今日だけ、胸貸してやってもいいけど」
「じゃあ私も今日だけ貸してあげてもいいわ」
「あー、ならお前の胸はベッドの上で貸してくれ」
「それは断る」
そう言ってクスクスと笑う私達は実に滑稽だろう。惨めで、そして醜いのだろう。
伸ばされたピートの腕に、誘われるがまま身を委ねる。暖かい温もりに、無意識のうちに涙が頬を伝った。そしてそのまま、ピートの小綺麗なスーツに染みをつくる。少し罪悪感を覚えたけど、わざとのように強く私の頭を押さえ付けるピートに、そんなものは消えて無くなってしまった。
「今日のピート、かっこよかったよ」
「今日のクレア、綺麗だったよ」
欲しかった言葉を互いに呟く。その言葉を与えてほしかった人は、もう、いない。
グシャリと音をたてて、ブーケの小さな花は、ピートの手によって散っていく。それと同時に、私の肩に冷たいものがぽつりと落ちてきた。
私はピートがしてくれたように、手を伸ばし彼の頭を私の肩口に埋める。
声も無く震えるピートが、凄く小さく見えた。そんな私も、彼にはとても小さくみえるのだろう。
同じ苦しみを同時に味わった私達は隠すように涙を流す。外にでたら、また笑顔を偽れるように。
明日は前へ進めるように
ちからでーるはないだろw
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