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「メイの初恋はね、お兄ちゃんだったの」

丸く開かれたお兄ちゃんの目に、身体中が何故だかくすぐったくなる。

初めてお兄ちゃんが来たあの日から、お兄ちゃんはちっとも変わらない。
いっつも町中駆け巡って、一生懸命お仕事して、気付けばみんなの中心になってる、そんな人。

その話をユウにしたら「いや、あの人も大分老けたよ」と返ってきた。
そうかな?と私は思ったけど、確かに見た目は老けた……と言うより歳を重ねたと言う言葉が正しいのかもしれない。
昔より下がった眉尻、笑ったときに出来る細かいシワ。けれど、力仕事もするからか、筋肉はユウなんかよりあるし、同年代のお兄ちゃん達よりずっと若く見える。

そんなことを思ってた矢先、太陽に照らされてキラリと光る髪の毛に気付いた。
おじいちゃんの真っ白なお髭を思い出した。

「おーおーメイちゃん、今それいうか?」

「あはは、困ってる困ってる」

笑う私にお兄ちゃんは「うっせ」と相変わらず困った顔で頭を掻いた。
うん、やっぱり何も変わってない。
お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんだった。

初めて気づいたのはいつだったかな?
ママに会いたくなって海に行った時だったかな?
うんん、もっと前だったかも。

あの頃の私は、「お兄ちゃんのお嫁さんになる!」って本気で思ってた。子供の戯言だと思ったのか、お兄ちゃんも「こんな可愛い嫁さんが来てくれるなんて嬉しいな。早く大きくなってね」ってあの屈託のない笑顔で頭を撫でてくれたっけ。

「そうだった、お兄ちゃん知ってたんだった」

「懐かしいなぁ。そんな事あったね」

私の思い出話にお兄ちゃんはあの時と同じ顔で笑ってた。
きっと私も同じように笑ってるんだろう。

そんな大好きなお兄ちゃんが「結婚するんだ」ってウチの牧場に来たのは、それからそんなに経ってなかった気がする。
結婚の意味がわからなかった私は、おじいちゃんにその場で聞いてみた。
「お嫁さんを貰うんじゃよ」って嬉しそうに言うおじいちゃんと裏腹に、私は涙が浮かんだのを覚えてる。

それがメイじゃない事は子供ながらに分かってた。
だって、私はちっとも大きくなってなかったんだもの。だから、メイじゃないんだ、もうお嫁さんになれないんだって、ビックリする二人を置いて部屋に篭った。

大声で泣く私にきっと二人は困ったんだろうな。大人になった今でこそ申し訳なく思うけど、あの時はそんな事思う余裕なんてなかったの。

「メイちゃん」

「おにいちゃんの嘘つきぃぃ!」

「ごめんな、メイちゃん。お兄ちゃんは嘘つきだ」


扉越しでのお兄ちゃんの言葉に、ひどくショックを受けたっけ。
嘘ついたって本人の口から飛び出た事が、現実をより実感させられて、小さな私の心では対処しきれない。
あまりのショックに声が出せなくなって、あれだけ溢れてた涙も嘘のように引っ込んだ。

「でもね、メイちゃんが大好きなのは本当だ」

「………」

「君が大きくなった頃には、お兄ちゃんより素敵な男の子が必ずメイちゃんの前に現れるから」

「……うそだもん」

「本当だ。だから、早く大きくなって、今よりもっともっと可愛くなって、素敵なお嫁さんになってね」


気付いたらお兄ちゃんが真後ろにいて、振り向いた瞬間に優しく、でも強く抱き締められた。
よしよし、と頭を撫でられて、止まったはずの涙が思い出したかのように再び流れ出す。

こうして、私の大きな初恋は見事に散ったのだった。

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「私、可愛くなった?」

そう尋ねれば、お兄ちゃんは目を細めて大きく頷いた。
ふふふ、と自然と笑みが零れる。
本当は奥さんが一番可愛いと思ってる事は、町のみんな知ってるけどね。
お兄ちゃんの優しさがすごく暖かい。

「でも、本当に私の前にお兄ちゃんより素敵な人が現れるなんてね」

「ん〜?俺より素敵かぁ?」

「素敵よ、嘘付かないもの」

「うぐっ!それは堪えるな……」

女は根に持つ生き物だという事を身をもって味わって貰ったようで、妙に清々しい気持ちになる。

けどね、お兄ちゃんの嘘はあの一つだけ。
あとは全て本当になったのだ。

「年上のメイで本当にいいのかしら?」

「何言ってるんだ今更。一番知ってるはずだろ?あいつのメイちゃんへのベタ惚れ具合」

見てるこっちが恥ずかしくなる。
お兄ちゃんはそう言って頭を抱えた。

言われた通り、彼の私への一途な愛は、私が一番知っている。
小さな頃からずっと「メイちゃん、メイちゃん」って付いて回って、気付いたら私より大きくなってて、はたまた気付いた時には、彼に愛を囁かれるようになっていた。
そりゃもう、お兄ちゃんの事好きだったのを忘れるくらい、私の思い出は彼ばかり。
何度フッても粘り強く付いて回った彼を思い出し、思わず笑いが込み上げる。

「あっ、メイちゃん!来てたの!?」

「噂をすれば帰ってきたよ」

「あ、いたの?父さん」

「いるに決まってるじゃねーか!俺の家だここ!」

帰ってくるなり私の手を取る彼には、お兄ちゃんの姿が見えてなかったようだ。返ってきた冷たいトーンにお兄ちゃんは肩を落とす。
それを見て笑う私に「ねね、なんの話してたの?」と目を輝かせる彼にニコリと笑顔を作ってみせる。

「お兄ちゃんが私の初恋って話」

「メイちゃん!!今それ言うか!?」

「んなぁぁっ!?殺す!クソ親父!!」

本日二度目の台詞を吐くお兄ちゃんに、彼は何処から出したのかハンマーを握り締め目を血走らせる。
「メイちゃん笑うとこじゃないから!」と焦るお兄ちゃんを無視して、私はギュッと繋いだままの彼の手に力を込めた。
途端おとなしくなった彼と目があう。よかった、もう血走ってない。
誰かさんに似た優しいこの目が、私は大好きだ。

「でもね、お兄ちゃんよりあなたの方がずっと素敵だって今惚気てたとこなの」

「メイちゃん……」

愛してると叫びながら抱き締められ、驚きの余り固まってしまう体。
突然のことに驚いただけじゃない。
あの時、お兄ちゃんに包まれたような感覚がフラッシュバックして、気が動転したのだ。
――ただあの時と違うのは、溢れ出す愛しい感情。
所詮お兄ちゃんの事は憧れに過ぎなかったんだわ、きっと。

「お前、分かってる!?親の前だからな!?」

呆れた声がする方を見れば、恥ずかしそうな顔をしたお兄ちゃんと目があった。
そしてフッと笑う優しい目。彼と似た、優しい目。

「お兄ちゃん、嘘ついてなかったね」

「ん?」

「ふふ、私明日お兄ちゃんの所にお嫁さんに行くのよ?」

「……はは、本当だ」

お兄ちゃんの息子の嫁。つまりお兄ちゃんの家に嫁に行くのだ。
結局何一つ嘘じゃなくなったんだ。やっぱり、お兄ちゃんは凄い。

「メイちゃん、幸せにしろよ」

「言われなくても分かってるよクソ親父。例の件は後から詳しく聞くからあっちいけクソ親父」

「おま、二度も言うな!」

相変わらず私を抱き締めたまま、シッシと手で追いやる彼に、お兄ちゃんは不貞腐れながら家へと戻っていく。
その一連の様子を目で追う私だったが、より一層抱き寄せられた事により、視線は目の前の彼へと移ってしまった。

「メイちゃん、俺妬いてるんだけど」

「あら、自分のお父さんに?」

「うん、よりムカつく」

私より大きいクセに、随分子供じみたこと言うんだから。
そんな所もすごく可愛いんだけれど。
よしよしと頭を撫でてやれば、彼は嬉しそうに私の首筋に顔を埋めた。

「俺の初恋はメイちゃんだから」

「うん、知ってる」

初恋どころか、ずっと私の事愛してくれてたこともよーく知っている。

「お兄ちゃんより、ずっとあなたの方が好きなんだから、妬かなくてもいいのに」

「メイちゃん……」

ガバッと私を離した彼の瞳は潤んでいた。
本当に、可愛いんだから。

大好きな瞳を閉じて近付く彼の顔を抑え、ニコリと微笑む。

「それは明日、でしょ?」

明日、メイはお嫁さんになります。
お兄ちゃんの言った通り、素敵な旦那さまの元へ――


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