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ピタリ。何か冷たい物が頬に触れた。
無意識に頬を押さえて、ゆっくりと顔を横へと向ける。
何だったの?今の、とぼんやりと考えていると、視界の先に、やけにニヤリと笑うクリフの姿が映った。
え?なんでそんな顔してるの?疑問に思う私には、いつの間にか視線が集まっていた。勿論なんで皆が私を見ているのか皆目検討も付かない。ますます上手く働かない頭は疑問を抱えていく。

「えっ、ちょっ、何してんだよクリフ」

しん…と静まり返ったこの場の空気を壊したのは、先程まで酔っ払って愚痴を零していたグレイだった。すっかり酔いなんか醒めましたと言わんばかりの、驚き、唖然とした顔で目を丸くしている。

それより、グレイの言葉だ。クリフが何をしたの?さっぱり分からない私は、小首を傾げてみた。思ったより勢い良く傾げたせいか、少し頭が痛い。(飲み過ぎたかな)

「何って、見て分からないの?」

さも当然かの様に不適に笑ったまま、クリフはグレイに言った。「いや、俺が聞いてるのは、行動の方じゃなく、意味をだな」とグレイは溜息混じりに説明する。しかし、クリフは分かっているのかいないのか、相変わらず不適に唇を吊り上げて笑うだけ。

そんなクリフと、目があった。あー、またニヤッて笑ってるよ。そんな事を考えた一瞬の隙だった。
再び頬に柔らかい物が触れた。けれど、今度は暖かい。
これが何だか流石に私も理解した。グレイの酔いが醒めたのもわかる。私も一気に覚醒したかのように、アルコールが飛んでいく。

「な、なななっ!」

パシッと慌てて頬を押さえ、顔を真っ赤にした私は上手く言葉を発せない。ただ魚のようにパクパクと口を動かし、目を白黒させるのが精一杯だった。

サッと血の気が引いたかと思ったら、直ぐに顔が熱くなる。言わずもがな、そんな私を見てクリフは笑っていた。

「可愛いね。クレアさんは」

「ね、ね?クリフ、酔ってるんだよ」

まるで蕩けるかの様な熱視線を向けるクリフを必死で宥め、私は「お水ください!」と声を荒げた。これ以上彼を放っておいたら私が可笑しくなりそうだった。それくらい、クリフの視線は熱い。

まだかまだかと水を待つ私を見つめる視線は止まらない。だからせめてもの抵抗で、私は彼を見ないことにした。

「ねぇ、クレアさん」

ビクッと身体が大きく震えるのを感じた。
ただ呼び掛けられただけなのに。なのに、何故か彼を見なきゃいけない気がする。
ゆっくりと私の意思とは反して、顔は右へと動く。
また不適な笑みを浮かべるのかな?
笑った彼が脳裏に浮かぶが、飛び込んで来たクリフの顔は想像とは全く違うものだった。

「ク……リフ、」

彼の表情に息を呑む。
この時の私は周りの人なんて見えてなかった。
ただ、瞳に映るのはクリフだけ。
真剣な顔をした、彼だけ。

ざわめく声が聞こえる。中には悲鳴に近いものや、冷やかしの声が混じっていた。

私にはそんな声さえも遠くに聞こえた。
ただハッキリと聞こえたのは、距離が零になる寸前に囁いたクリフの声のみ。

「いただきます」

そう言ったクリフの口元は綺麗な孤を描いていた。


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