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「ねえ、母さん」

呼んで振り返った母さんは、笑顔で首を傾げる。息子である僕が言うのも何だけど、母さんは若く見える方だと思うし、美人、いや、可愛いか?とにかく、容姿もそんなに悪くはないとは思うんだ。
あ、僕は別に母さんを観察する為に呼んだんじゃない。はあ、と溜息をつくと、ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべたまま、母さんが僕の隣に腰を下ろす。

「どうしたの?」

好きな子でもできたの?少しニヤついた母さんの顔を見て、僕はもう一度溜息をつきそうになった。

気を取り直して、ぐしゃりと髪を掴んで僕は母さんを見つめる。何となく気恥ずかしい気持ちになるなんて、やっぱり親にこんな事聞くもんじゃないからだろうか。でも気になったから仕方ない。僕は意を決して口を開く。

「なんで父さんと結婚したの」

僕から出た言葉に、母さんは驚いたような顔をした。そしてすぐに「あなた、やっぱり、」とにやけ顔に戻ったのを見ると、僕が好きな子が出来たと勝手に確信して盛り上がってるんだろう。取り敢えず、違うと否定して首は振っておいた。

「働かないし、ぶらぶらしてるし、僕が女だったら結婚しないだろうなって思ったから、単純に母さんはどうして結婚したんだろうって疑問に思ったんだよ」

自分の父親について散々だなと思うかもしれないけど、これが僕の父さんなのだから仕方ない。おばあちゃんも僕が小さい頃、母さんが結婚してくれてほんとによかったと零してた位だ。普通に考えて結婚なんて出来る相手じゃ無かったんだ。父さんは。

そんな僕の問いに、母さんはうーんと唸り出した。即答出来ないところを見ると、やはり何か気の間違いか何かだったんだろうか。そのままダラダラと夫婦生活続けちゃったとか?
……有り得る。
僕は勝手に結論を出して顔を引き攣らせた。

けれど母さんはあっけらかんとした表情で口を開く。

「ロックが私の事好きだったから」

だからかな。母さんは恥ずかしがる素振りすら見せずにそう言った。
なんだか拍子抜けした返事に、へっ?と情けない声を出してしまう。嘘じゃない。母さんは至って真面目だ。

僕だって父さんの愛妻家っぷりは嫌と言うほど目にしてきた。いや、だけど普通それだけで男を養うか?

「母さんは父さんの事、好きなの?」

そう聞けば、母さんは再び唸り出す。普通子供だったらここで即答されないのは悲しいかもしれないけど、相手があの父さんだ。僕はこれが普通の反応だと妙に冷静だった。

「どうだろう……好きじゃないかも」

「ああ、やっぱり?」

だろうなと納得する息子も変な話だ。やはり母さんは成り行きで結婚しちゃったんだろう。

「じゃあ、父さんと結婚してよかった?」

「うん。あなたが産まれたしね!」

これは即答した母さんは、ニコリと満面の笑みを浮かべる。ちょっと恥ずかしいけど、どうも、と返したら母さんはわしゃわしゃと頭を撫でてきた。

「あ、」

かと思えば、母さんは手を止めパチパチと瞬きを繰り返す。何か面食らったような顔した母さんを覗き込めば、母さんはふっ、と目尻に皺を作って微笑んだ。

「ロックは働かないし、フラフラしてるし、好きじゃないかもしれないけど、」

そこまで言って、母さんは少女の様に頬をピンクに染め更に顔を緩ませる。

「ロックの事、愛してる」

その言葉にカッと熱くなる僕の顔。何とも言えない恥ずかしさに黙ってると、「ロックには内緒だからね、調子に乗るから」と母さんは念を押してきた。

あの父さんを"好き"ではなく"愛してる"と来たか……
母さんにしか分からない何かが、そこにはあるんだろう。変わり者の父さんと結婚した母さんは、それを凌ぐ変わり者だったと言うわけだ。

「あれ?どうしたの二人揃って。もしかして僕の帰りを待っててくれたの?」

噂をすればなんとやら、だ。タイミング良く帰宅した父さんに、僕らは顔を見合わせて思わず微笑む。そして口を揃えて、

「「内緒」」

そういかにも意味深に言ってみるのだ。途端、拗ねたような困ったような顔をする子供のような父さんに、つい笑いが零れる。
仲間外れなんて酷いや、と母さんに引っ付く父さんは、本当に母さんが大好きなんだろう。子供が居る前で恥ずかしいなと思いながら、僕は頬杖をついて二人を見ていた。

こんな変わり者の父さんと母さんだけれど、僕も何だかんだで、二人が大好きなのだ。


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