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「……珍しいな。じいさ―、師匠がチョコだなんて。エレンさんにでも貰ったの?」

「ああ、コレか?さっき帰り道でな、クレアさんから貰ったんじゃ」

そう言って見せるじいさんの食いかけのチョコ。さっきまで何の変哲も無かったそれが、一気にプレミアム付きのチョコへと変貌した瞬間だった。

目の色が変わった俺に気付いたのか、じいさんはサッと俺に背を向ける。それが何だか無償に腹立たしくて仕方が無かった。

今日は感謝祭。さりげなく心の中のカレンダーには丸印を付ける程、今日この日は男共にとっては特別な日だ。
勿論、今朝からそれは始まっていて、現在俺の手元に2個。
1つはランからので(しかし隣で貰っていたクリフのは綺麗にラッピングされていて俺のは雑貨屋で買ってきたのが見え見えの手抜き満載のチョコ)もう一つは先程マリーから貰ったものの2つである。
勿論、チョコを貰ったのはかなり嬉しい。勲章と言っても過言じゃない気がする。

けれど、ずっと欲しかったのはクレアさんからのチョコだった。それを近くで、しかもじいさんが!美味そうに口に運んでいるのだ。悔しくない訳がない。

確かに、感謝と言えばじいさんかもしれない。俺と言えば、いつもオドオドして意味がわからない奴と捉えられてるかもしれない。
寧ろ感謝すべきなのは俺の方かもしれないのに、何を贅沢言ってるんだ俺は……

「あ……じゃあ、また、明日」

一人で悔しがって、一人で沈んで、いたたまれなくなった俺はこの場から立ち去るのを決意する。
じいさんは機嫌がいいのか、口調がどうのとか、なっとらんだとか、今日は小言一つ漏らさず「うむ」と一言呟いた。

溜息を吐きながら回すドアノブは非常に重々しく感じた。心なしか身体も鉛のように重たい。

「きゃ……」

「きゃ?」

ドアを少し開けたとこで聞こえた声を不思議に思いながら、俺はゆっくりドアを開く。

そして見えてきた声の主は、すっかり目を丸くしたクレアさん。ああ、驚きの声だったのかと妙に冷静に納得したあと、ピンと背筋が伸びて慌て出したのは言うまでもないと思う。

「ク、クレア、さん!?」

「あ、グレイ君。こんばんは」

声を裏返しながら言う俺に、クレアさんはどこかぎこちない顔で挨拶をしてくれた。初めてみたこんなクレアさんの表情に疑問を抱くが、それはすぐ解決される事となる。

「はあ……やっちゃった」

そう言って溜息を零したクレアさんは、その場にしゃがみ込む。
どうしたのだろうかと視線を向ければ、クレアさんは下に落ちている箱へと手を伸ばしていた。

それが明らかにチョコレートであるのは、誰だってわかるだろう。先程ドアが開いて驚いたせいだろうか。悲しげな顔をしたクレアさんに申し訳なくなるが、そのチョコレートを貰う野郎はざまあみろと思った俺は間違いなく最悪だと思う。

「グレイ君が入るのが見えたから、慌てて追ってきたんだけど……」

「え?俺に用事?」

「うん。チョコレート、どうしてもグレイ君に渡したかったから」

それを聞いて、自分でも分かるくらい顔が緩む俺は単純窮まりないと思う。
しかし、対するクレアさんの顔は相変わらず浮かない。

もしや……と思ったと同時に、「ごめんね」と呟いたクレアさん。
予感が、的中した。

「多分、割れちゃったと思うんだ……」

「あ……えっと……」

「グレイ君のチョコ……無くなっちゃった」

ほんとにごめんねと呟くクレアさんに、思わず胸が締め付けられる。ああ……謝るのは寧ろ俺の方なのに……。一瞬でも酷い事を思った自分を呪った。そして俺、ざまあみろ。

「クレアさん。よかったら、くれない……かな?」

「えっ、でも」

「俺、クレアさんに貰えたらいいなって思ってたんだよ。チョコレート」

言ってカッと熱くなる顔にはもう慣れてる。所在無い手を帽子の鍔にやれば、勝手にそれを下げ視界が狭くなるのを感じた。

「グレイ君」

そう呟いたクレアさんに、俯き気味の顔を上げると、ほんのり頬を赤くしたクレアさんと目が合う。
慌てて逸らそうと目が泳ぐが、スッと差し出された箱に視線は留まった。

「いつも、ありがとう」

そう言って微笑むクレアさんが異常に可愛くて、咄嗟に伸ばした手は箱を通り過ぎ、クレアさんの背中へと回っていた。

「きゃっ!」

そう言ってクレアさんの手から再び箱が落ちたのは、これまた言わずとも分かるだろう。


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