「相変わらず、異常なしだね」
「はい、以前倒れた時ドクター怖かったですから健康には気使ってます」
「それは何よりだ」
そう言って診察を終了しようとするドクターに待ったをかけるクレア。突然白衣の袖を掴まれ、ドクターは聴診器を持ったまま固まった。
「……何かな?」
「次はドクターが診察される側です」
「……?」
文字通りハテナを浮かべたドクターは笑顔のクレアに首を傾げてみた。
しかし彼の顔に訳が分からないと書いてあるのを敢えて読み取らず、クレアは「はい、じゃあじっとしてて下さいね〜」などと暢気な事を言い出したのだった。
「はい、次は目閉じてください」
「……こうかい?」
諦めたのか、息を吐いたドクターは彼女に言われるがまま目を閉じた。はい、そうですと言った彼女の声は思いの他冷静である。
その声になんとなく違和感を覚えるが、ドクターは黙って目を閉じ続けた。
勿論コレまでの経緯の意味は不明のままである。
「じゃあ、口あけてアーって言ってください」
これはいつも自分が診察をするのと同じ事。彼女は本気で診察をするつもりなのだろうかと妙に勘繰っていると「ドクター、」と促され、彼は慌てて口を開いた。
「あー……、ン?」
コロンと口に転がる塊。同時にふわっと独特の甘味と香りにドクターは思わず瞼を持ち上げた。
「……チョコレート?」
「今日は感謝祭です」
そう言って微笑み可愛らしくラッピングされた包みを差し出すクレアからそれを受け取ながら、ドクターは珍しく照れ臭そうに頭をかいた。こうして形に表して貰うのはとても嬉しい反面、毎年慣れないものである。
「いつもありがとうございます。とても感謝しています」
「これは御丁寧にありがとう。しっかり味わって食べさせてもらうよ」
「まあ、ありがとうございます。じゃあ春の感謝祭は期待できるわね」
「君は……全く、ちゃっかりしてるよ」
そう呆れたように笑うドクターに、クレアは楽しそうに肩を窄めて笑う。
そしてニッと口角を吊り上げると、彼女は人差し指を立てて「あと一つ、」と呟いた。
「ん……?」
当然、これ以上予想もつかないドクターは小首を傾げ、未だ人差し指を立てたままの彼女を見つめる。
先程とは違い、どこか緊張した様子の彼女に、益々彼女の示す「あと一つ」とやらが彼には想像が出来ない。
真っ直ぐに向けられた彼女の瞳。そしてゆっくりと開く彼女の口元に、何故だか身体が強張るのを感じた。
「ドクターが、好き」
まるで吸い込まれるかのように流れ込んできたその言葉に、ドクターはただ呆気に取られる。ただ、はにかむ彼女を見つめるのが精一杯で、頭の中が真っ白になるのを感じた。
「お礼、期待してますから」
そう呟いて静かに診察室を後にした彼女。
漸く我に返ったのは、彼女が去ったすぐ後で、同時にフル回転しだした頭にドクターは眩暈を覚えた。
「全く……。ほんとにちゃっかりしてるよ」
お返し、ちゃんと考えなくてはな。
少し先の春の感謝祭を思い浮かべ、ドクターは一人笑みを零した。
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