ふぅ、とヴァルツは息をついた。
徐々に赤みを帯びた空が暗くなって行く様を見つめ、つい耽ってしまう。
今日も1日の仕事を終え、無事報酬も頂いた。何事もなく。
――そう、何事も無かったのだ。
いつもならこの島で牧場を経営している物好きの女が、厚かましい程話し掛けてきたり、何か押し付けてきたりと必ずと言っていい程邪魔をしてきていた。
それが、今日は違ったのだ。
いつも通り仕事をして、いつも通りカフェなどで休憩を入れた。久しぶりに平穏な1日を過ごして、随分スムーズに事が進んだと言うのに、何故か心に引っ掛かるものがある。
ヴァルツはそんな自分に無性に腹が立った。心底彼女の事がウザったく思っていたはずなのに。
なのに今、俺は何をしている?自分の行動の理由を受け入れることなんて出来るはずもないのに、彼はそう問い掛けた。小船であちこちの島を渡り、必死で彼女を探している己が信じられなかった。
大分空が闇に包まれた頃、訪れた動物島にて不思議な光景をヴァルツは目にした。
何故か小動物が一箇所に群れをつくっている。それを不思議に思ったヴァルツは、そっとその群れに近づいてみた。
すると、人気に気付いた動物達が一斉にその場を去っていく。何となく罰が悪くなったヴァルツだったが、動物が去ったことにより目にしたものに、そんな気分は一気に吹き飛んでいくのを感じた。
「……寝てる、のか」
捜し求めていたものを見つけ、何故か心が満たされて行くのを感じる。だが、それと同時に嫌悪感を覚え、ヴァルツは屈み込み眉間に皺をよせた。
木にもたれ掛かるようにして寝息を立てる彼女は、だらし無く小さく口を開けて眠っている。そんな様子に、ヴァルツは不本意ながらも笑みを浮かべた。
「……おい」
このまま眺めておくのも悪くないと思う反面、大分肌寒くなってきたため彼女の肩に手を伸ばし揺すり起こす。が、彼女は全く起きる気配はない。
「おい、起きろ」
今度は強めに揺すって声をかけてみる。すると彼女は「ぅん……」と小さく声を零して身じろぎした。
もう一息だと声をかけようとヴァルツが口を開いた瞬間だった。
「……ウィ…ル…?」
とても小さく、本当に小さく彼女はそう呟いたのだが、ヴァルツの耳には嫌というほどその言葉がはっきりと聞こえた。
途端、ジリリと胸が焦げ付くような思いがして、ヴァルツは歯を噛み締める。
こんなにも、彼女を探して漸く見付けたのに、出てきた言葉が別の男の名前だなんて。明かに込み上げて来るこのどす黒い感情は、"嫉妬"以外の何物でもない。
咄嗟に伸びた手は、眠っているチェルシーの頬を包み込んだ。いつから眠っていたのかは知らないが、彼女の頬はとても冷たく冷え切っている。
「しっかりと目を開けて見ろ!」
自分の目で確認しろと、ヴァルツは心から発した。
悔しさが、自分の中で渦巻いている。彼女の口から自分の名前が出てこなかった事と、未だ認めることのできない自分に苛立って仕方なかった。
いつの間にか、自分の中に入り込んでいた彼女が憎い。それと同時に、彼女が――
「……ヴァルツ?」
己の名前を呼ぶ声が聞こえ、ヴァルツははっとする。
目の前には寝ぼけ眼で自分を見つめるチェルシーの姿。その瞳ははっきりとヴァルツだけを映していた。
「どうしたの……ヴァルツ?」
ちらりと頬に伸びる手を見て、チェルシーは眉を下げて彼に問い掛けた。その言葉を怪訝に思ったヴァルツは、なにが、と逆に問い掛けようと口を開く。
だが、言葉は出てこなかった。
ひんやりとした彼女の手が、静かにヴァルツの頬に触れる。そんな彼女の行動にヴァルツは吸い込まれるようにチェルシーを見つめた。
「なんだか、凄く苦しそうな顔してる」
そう言った彼女の顔は、悲しみを帯びているように見えた。
心配そうに自分を気にかけてくれるチェルシーにヴァルツはまた心が満たされるのを感じる。こんなに、自分が単純な人間だったなんて。思わず零れた笑みに、訳の解らないチェルシーは小首を傾げた。
そんな彼女をヴァルツは引き寄せる。すっぽりと胸に収まった彼女をきつく抱きしめて、しっかりと彼女の存在を確かめた。
「えっ!?ちょっ……ヴァルツ?」
「お前のせいだ」
慌てる彼女に、ヴァルツはそう言い放つ。中身の無い言葉と、この行動の意図が結び付かずに、チェルシーは顔を真っ赤にして彼の服を握りしめた。
苦しい表情を見せたのも、心が満たされたのも、今こうして抱きしめているのも、全部お前のせいだ。そう心の中で悪態をつきながら、ヴァルツはやんわりと微笑む。
「まだ教えてやらない」
「ええ!?なにを?」
「せいぜい理解に苦しむんだな」
それがお前への罰だと付け加えてヴァルツは慌てふためくチェルシーを笑った。
え?誰このひとたち
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