しあわせの詩 | ナノ



ハヤトは眉間に皺を寄せ、実に不快そうな顔をした。

何故俺が。そう思いながらも、口に出さずに此処までついて来てしまったのだ。今更そう言い出すのも罰が悪い。

甘い香に、女ばかりのこの空間。明らかに不似合いな自分が滑稽でしかたない。

よくこんなところに通えるなと、目の前でへらへらと笑っている兄を見て、ハヤトは更に眉間に皺を刻んだ。

「ハヤトさん、カフェキャラウェイ初めて?」

「当たり前だろ。想像できるか?こいつがここに通うのを」

「ん〜……」

本人を目の前に、本日自分を此処まで連れてきた張本人達は呑気に自分の話で盛り上がっていた。

テンションの高い二人に対して、比例するかのようにハヤトの気分は落ちていく一方で。
しかし彼等はそれに気づく様子もなく、相変わらず自分の話で盛り上がっている。実に不快でしょうがない。

「シンみたいに女の子目当てで通うならまだしも……」

「ばっ、バカ!俺はただこの雰囲気を楽しむためにだな、」

「見苦しい言い訳はききませーん」

「ティナ〜」

兄の言い訳は本当に女目当てなのを隠すためか、それとも誤解をティナから解きたいのかは、ハヤトには分からなかった。
ただ、何故か目の前で繰り広げられているコントのようなそれを見ていると苛々して仕方ない。やはりこんなとこに来たからだろうかとハヤトは更に後悔した。

そんな時このカフェキャラウェイのウェイトレスであるケティがケーキとハーブティーを持って来たため彼等の話は中断された。

ケーキはティナの前に。そしてハーブティーはシンとハヤトの前に置かれる。
こんなもの、注文した覚えがないぞと顔を上げれば、ニコリと笑ったティナと目があった。彼女が注文したのだろう。

何故か何も言う気が無くなったハヤトは、大人しくハーブティーを口にした。程よい温かさに、心地好い香が、彼の苛々する気持ちを静めていく。
ホッとして、思わず美味いと呟けば、笑顔で自分を見る二人の顔。ハヤトは妙に恥ずかしくなり、もう一度ハーブティーに口づけた。

「あ、でもさ。ハヤトさんもしかしたらカフェキャラウェイじゃなくて他の所に女目当てで通ってたりして」

「グッ……!」

先程の話の続きなのだろう。なんてね、と冗談混じりに言われたティナの言葉に、ハヤトは思わずハーブティーを吹き出しそうになった。
見て取れた明らかな動揺に、兄のシンはニヤニヤと殴りたくなるような笑顔でハヤトを見てくる。キッと睨みつけて見るが、効果はないようだ。シンは相変わらず厭らしい笑顔だ。

ただそんな兄弟に気づいていないのか、話を切り出した張本人は幸せそうな笑顔でケーキを頬張っている。

「あ、ハヤトさんもケーキ食べてみる?」

「……はっ?」

ふと気付いたように、ティナはケーキを乗せたフォークをハヤトの目の前に差し出した。
生クリームたっぷりのそれを見つめながら、ハヤトは目を見張る。美味しいよ?と告げたティナ。明らかにこれを食べろと言っているのだ。

「ハヤトは初心(うぶ)だから食べないよ」

助け舟を出したシンはそう言って彼女の手を掴み、ティナの口にケーキを入れた。

それを見て、ハヤトはまた苛立ちを覚える。決してケーキを食べたかった訳ではない。それなのに、何故。
苛立つ心を静めようとハヤトはハーブティーを飲み干す。少し冷めてしまったが、美味しさは変わらない。それなのに、ハヤトの脳裏には先程の光景が焼き付いていて心はまだ落ち着きを取り戻せなかった。



「あー美味しかったねー!」

外に出た途端、満足げにティナはそう言った。
確かに美味かったし、リラックスはできたと思う。ねっ、ハヤトさんと笑顔を向けられて、自然と首が縦に動いたのが何よりの証拠だ。

「さーティナ送って帰るか」

「え!?いいよ、別に」

「構わないよな?ハヤト」

「……ああ」

兄にそう振られ、ハヤトは短く返事をする。
ここまで連れてこられたのだ、もう最後まで付き合おうと腹を括ったのだ。

そんな時だった。急にシンがそわそわしだしたのだ。それに気付いたハヤトは、彼の視線の先を見つめる。
そこには海釣りをしているレイフの姿。どうせ釣れもしないくせにと思いながらも、ハヤトは呆れたように息をつく。

「こいつはちゃんと送り届けるから」

「え、いいのか!?」

「ああ」

「今日は釣れるといいね!釣れたら御馳走してね」

目を輝かせたシンは、まるで子供のようだった。ありがとうな、またな!と手を振りレイフの元に駆けてく姿など子供そのものだ。

たまに兄のあの自由奔放なところが羨ましく感じる。ハヤトは笑顔で手を振るティナを見て、何故かそう思ったのだった。

「行くぞ」

「あ、うん!」

思えば、二人でこうして歩くなど初めての事だった。ツインテールを揺らし、何が楽しいのかニコニコと笑っているティナが隣にいることが新鮮でたまらない。

町の至る所で会えば彼女は声を掛けてきた。しかしそれも仲の良い友人の弟だからだろう。いつもその程度にしか思っていなかったのだから一緒に行動するなんて有り得るはずがなかったのだが。

「ねえ、ハヤトさん、どうして今日ついて来てくれたの?」

とことこと歩きながら、彼女はハヤトを見上げそう言った。
それに対して、お前らが無理矢理連れてきたのだろうと心で叫んでみる。

しかし、ハヤトはふと思った。
本当に無理矢理なのだろうか。
もっときつく拒絶を見せれば来なくてすんだはずではないだろうか。少なくとも、いつものハヤトなら絶対行かなかったことは確かだ。

では、何故。

ハヤトは自分に問い掛けた。

「……わからない」

「え?そうなの!?」

いくら考えても答えはでない。仕方ないのでハヤトはそう答えた。

絶対何か理由があると踏んでいたティナは、拍子抜けしてしまう。

「なら聞くが、お前は何故俺を誘ったんだ」

「ん〜…ハヤトさんに興味があったからかな」

曖昧な答えに、ハヤトは眉間に皺を寄せる。
同時に何かモヤモヤとするものを感じ、不快感に嫌気がさした。

「俺が兄貴の弟だから、か」

口からでた言葉に、ハヤトは自分で耳を疑った。
しまったと思った時にはもう遅く、振り返れば目を丸くしたティナが足を止めている。

やはり今日の自分はおかしい。

「ごめん、そんなつもりじゃ、ないんだ」

言葉を詰まらせながら、ティナは困ったように微笑んだ。
そんな彼女を見てどうしていいのかわからず、ハヤトはティナの元へ歩み寄る。
しかしかける言葉も見つからない。
こんな時、兄ならとシンの顔が浮かぶ自分が情けなく思えた。

「ただね、ハヤトさんと、仲良くなれればって思ったんだよ」

なんかうまく言えないや、と相変わらず困ったように笑うティナ。
そんなティナを見て胸が締め付けられる。

必死に声をかけようと努めるが、言葉がでない。
不甲斐ない自分に、ハヤトは拳を握り締めた。

「え!?ハヤトさん?」

言葉に出来ないならと、伸ばした手。
それはティナの頭の上にあって、ティナは驚いて目を丸くしている。

自分でもなんでこんな行動にでたのか分からない。そう思うのだが、今更どうすることもできなくて、ハヤトの手はぎこちなくティナの頭を撫でたのだった。

わしゃわしゃと撫でられ、ティナはただされるがまま。

漸く解放されたと思った時には、ティナの髪はかなり乱れていて、思わずぷっと笑ったハヤトに、ティナは目を見張った。

一瞬だったが、彼は綺麗な笑顔だったのだ。その笑顔に思わず頬が赤くなるのを感じる。こんな顔もするんだと新たな発見にティナの表情はみるみるうちに明るくなっていく。

「ハヤトさん!もう一回笑ってよ!」

「……っ、断る!」

「えー……かっこよかったのになあ」

身を乗り出して言うティナの威圧感に押されながらも、ハヤトは必死で断った。
笑えと言われて笑えるほど、自分は表情豊かな人間ではない。

それを聞いて、残念そうに肩を落としたティナのかっこよかったと言う言葉にハヤトは鼓動が速くなるのを感じた。こんな事で動揺している自分に驚きを隠せない。

くるりと方向転換したハヤトは、逃げるようにその場を後にした。それを慌てて追うティナ。

「ね、ハヤトさん!」

「……」

答える変わりに、ちらりと目を向ければ、彼女は嬉しそうに笑っていて。

「今度は一緒に酒場に行こう」

とまた誘ってきたのだ。
しかし、またハヤトは断れなかった。このままじゃ振り回されるのは確実なのに。

「仲良くなれればって思ったんだよ」
その言葉に意外にも喜びを感じている自分がいるのだ。それは自分自身もそう願っているのかとハヤトは未だ分からない自分の心に問い掛けた。
勿論答えなんてでるはずもなく、そのままハヤトは彼女の誘いに乗ってしまったのだった。












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