頭がいたい。いや、何故か身体中痛い。
それに気怠いし、一体何がどうなってるのだろうか。
ぼやけた視界には、恐らく自宅の天井……のようだ。
という事はココは家のベッドだろう。
「クレア……?」
聞きなれた自分を呼ぶ声。まだ頭はぼんやりとしていて正常な判断ができない筈なのに、この声だけは誰のものなのか、私はハッキリと理解していた。
視線だけを恐る恐る声のした方へ向けてみる。
そこにはやっぱり私が思い描いていた彼が居た。
「ドクター……?」
凄く心配そうに私を見ている彼に「ああ、まだ夢なんだ」と、またぼんやりと耽りそうになる。
私また彼の夢を見ていたのね。夢の中なのにこんな顔させてしまって……と凄く申し訳なくなった。思えば別れたあの日を最後に、私は彼の笑顔を見ていない。笑顔にさせてあげれてないのだ。
「良かった……!」
「ドクッ……!」
途端、ズシリと体に重みを感じ、私はまるで現実に引き戻されたかの様な感覚に陥った。
優しいけどどこか力強い腕。この温もりを私は知っている。
これは夢じゃない。
そうだ……私倒れたんだ。それで彼がここに……。
やっと動き出した脳は漸く現状を理解し始める。
今置かれてるこの状況と、久々に感じた彼の温もりに私は胸を締め付けられた。
「ママ!!」
「クレアさん!」
「ハル、エリィ……」
ドクターの後ろには泣きそうなハルの姿と、安心した表情のエリィが居た。
きっと酷く心配させてしまったのだろう。ドクターも、エリィも、そしてハルにも……。
私はなんて事を……。
ここ数年元気だったし、病院にも行き難くて、自分を過信した結果がこれだ。
彼らへの申し訳なさと、自分があまりにも情けなくてつい涙が溢れそうになった。
「君は!こんなに悪くなるまで!!」
私を解放したドクターは、声を強めてそう言った。
彼に叱られるのはいつぶりだろうか。
けれど、あの時はこんなに苦しい顔はしてなかった。
こんなに辛い顔はしてなかった。
「頼むから、無理はしないでくれ……頼むから……」
彼の声がまた、胸を締め付ける。
私はドクターを突き放したのに、こんなにも……こんなにも心配してくれてたなんて。
ああ、こんな時だっていうのに私は嬉しくて仕方がなかった。そして、彼にこんな苦しそうな顔をさせている自分が憎らしかった。
「ドクター……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい!」
気付いたら体は勝手に動いていて、彼の胸の中へ飛び込んでいた。
薬剤の匂いがうっすらと香る白衣と、彼の暖かさが懐かしい。
堪らず涙が溢れて、私はより一層ドクターの胸に顔を埋めた。
再び私を抱きしめてくれる腕が愛しくて堪らない。
やっぱり私はこの温もりが……ドクターが……
「ママ!げんきになって……よかった……!」
ハルの声が聞こえ、私はハッとした。
この声は泣いているのだろうか?ここ最近は我慢強くなったのか泣き言一つも言わない良い子だったのに。そんなこの子を泣かせてしまうなんて、私は母親失格だ。
ベッドに飛び込んで来たハルを抱きしめ、何度も何度も謝った。
私の腕の中で震えるハル。凄く心配させたんだろうな。吃驚して怖かったんだろうな。
「ママ、良かった……」
そう呟きギュッっとしがみつくハルは、漸く微笑んでくれた。
その表情に、私もホッと胸を撫で下ろす。
「ふふ。もう遅くなったしご飯食べましょう!クレアさんキッチン借りるわね」
「あっ、いや!僕が作るから!」
エリィを制してキッチンへ駆け込むドクターを見て、つい笑みが溢れてしまう。
そんな私を見て、ハルとエリィも一緒に笑ってくれた。
「おじちゃんね、すぐママの所行ったんだよ」
「ドクターが……?」
「ふふ。そうなの。ハルくんが病院に来てくれてね、クレアさんの事聞いてすぐ病院飛び出しちゃったの」
「そうなの……」
ありがとうハル、そう言いなが腕の中に居る彼の頭を撫でる。
内心はドクターが駆けつけてくれたと聞いて、嬉しくて堪らなかった。
彼に別れを告げたあの時……いや、正確にはハルを産んだあの日から、私はドクターとは完全に決別する事を決めた。
その筈なのに、今回の事で完全に自覚した。私はまだ彼の事を想っている。
何度もドクターの夢を見るのは、彼が町に帰ってきたから動揺してるんだって言い聞かせてた。けれどそれだって、私がドクターを忘れられなかったからで……。
ああ、自覚したらしたで非常に厄介だ。
彼には彼の人生を歩んで欲しい。そう思ったのも本当の気持ち。
けれど、ドクターを愛しいと思ってる。また一緒にいたいって、そう思ってる。
「……ママ?」
「……あっ、ごめん。大丈夫よ」
「クレアさん……」
「えへへへ、まだちょっとボーッとしちゃうみたい」
笑って誤魔化してみるが、エリィは心配そうに私を見つめていた。
今は彼女の視線が凄く怖い。エリィがドクターを好きだった事は私も知っている。
それでも、ハルを産むと決めた私の一番側で支えてくれたのは紛れもなく彼女だ。
だからこそ、エリィに幸せになって欲しい。
だから、エリィにだけはこの気持ちを悟られたくなかった。
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