ハーベスト | ナノ



ミネラルタウンに帰ってきて数週間。
新鮮に感じたのは初めだけで、今ではすっかりこの日常にもなれてしまった。

リリアさんやジェフさん、そしてエレンさんも、僕がいない間にエリィがしっかりとケアしていてくれたようで、特別悪化したなどの異常は見受けられない。

僕が医療を学びに行った街でも、同じような病状に悩まされている人々が沢山居たが、こんなにイキイキとはしてはいなかった。

この町の環境。人々。全部があったからこそ、彼等の生き甲斐となり、元気で居られる秘訣なのは間違いないようだ。

そこに最新の医療技術を取り入れれば、益々この町の人々は健康に、元気に過ごせるだろう。

その力添えが出来るのだ。僕の選択肢は間違っていなかったはずだ。

――果たして、ほんとうにそうなのだろうか。

この葛藤をどうしても繰り返してしまう。
その為に、僕は愛する人と子供を捨てたのだ。
後悔してないか?と問われれば、僕は間違いなく黙るだろう。
けれど、彼処でこの町に残っても後悔していたのかもしれない。

「……駄目だ」

答えなんて出るわけないのに、馬鹿だ、本当。

こんな時は気持ちを切り替えるのに限る。
今日は休診日。ここに戻ってきてまだ実行できてなかったが、“僕の休診日”は図書館で気持ちを安らげる事、だった。
あの雰囲気が妙に落ち着けるので、小さい頃から好きな場所なのだ。

変な事考え出す前にさっさと行動に移そう。そう決めた僕は何かから逃げるかのように外に飛び出した。

「おじちゃん!!」

ビクッと体が一気に硬直した。
この町で僕をそう呼ぶのは一人しか居ない。

「ハル……くん」

不思議な事に、この数週間彼に会うことは無かった。
クレアに止められていたのか、はたまたエリィが変に気を遣ったからなのか――

どちらにせよ、この狭い町。
何れ顔を嫌でも合わす事は間違いないないのに。(それなのに、僕も覚悟を決めれてなかったようだ)

「今日は病院は休みだから、エリィお姉ちゃんはいないんだよ」

腰を下ろしてそう言えば、彼は「そっか……」と切な気に俯いた。
まあ、分かってはいたが目的は僕じゃなかったようだ。当然だ。彼は僕が父親とは知らないのだから。

「おじちゃんはどこいくの?」

「――僕は図書館に」

この“おじちゃん”に、やはりまだ違和感しか感じれず、言葉がスムーズに出てこない。

「としょかん?」

そんな事思っているとは知る由もないハル君は、子供特有の好奇心旺盛な眼差しで僕を見上げていた。

なんだ、図書館あんまり行かないのか?そう考えて居たら、彼の口からとんでもない言葉が飛びたした。

「ぼくもつれてって!!」

文字通り固まった。
当然だ。殆ど交流もない子供、しかも自分と血が繋がった少年といきなりここまで接近したのだ。

しかし、頭を過るのは――

「お母さん、心配するんじゃないのか?」

クレアの事だ。
はっきりと示された拒絶。
責任をとって欲しいわけでも、父親になって欲しい訳でもないと、僕はキッパリと言われているのだ。彼女の事を考えたら、ハル君と親密になるのは良くないのではなかろうか。

そう思って告げた僕の言葉に、彼は先程よりも更に悲し気に俯き、

「うん、ママお仕事頑張ってるから……。しんぱい、させちゃだめだよね」

小さな声で呟いたのだ。
この一言に、僕の心は大きく乱される。
本当はもっと遊んだり、母親に甘えたりしたいのだろう。
それを押し殺して、頑張る母親を応援しているのだ、この子は。

「分かった。一緒に行こう。僕がお母さんにはちゃんと説明するから」

同情か、それとも父親心なのか。僕は彼女の気持ちより、彼の気持ちを優先させることに決めた。

途端、パァッと明るくなる表情にクレアをダブらせながら、彼と図書館へ向かう。
足取りは、少し重かった。


***


「あら、ドクターこんにち……」

「こんにちは」

「こ、こんにちは……」

エリィにも僕にも普通だったから、てっきり人懐こいのかと思っていた。僕の足にしがみつき、照れくさそうに挨拶を返すハル君を見て、少し微笑ましく思う。

絶句したマリー。言いたいことは分かってるよ。
やはり彼とこの町を行動するという事は、こういう事なのだ。分かってはいたが、実際そんな反応をされるといい気はしない。

「わあ……!本がいっぱい」

「あ……、そ、そうね!二階には絵本もあるのよ!」

「ほんと?おじちゃん、ぼくにかいに行きたい!」

すっかり本に目を奪われたのか、もうマリーを気にする事もなく僕の服を引っ張るハル君。
彼の好奇心を満たす、打って付けの場所になればいいが……。

「ちょうど僕も二階に用がある。行こうか」

「うん!」

嬉しそうに返事をした彼に顔が緩むのを感じた。

この階段を上るのも久しぶりだ。
徐々に見えてくる二階の姿は、あの時とあまり変わってないようだ。どこかほっとした。

さて、ハル君は……と振り返れば、彼の姿は何処にも見当たらない。

もしかして、と下を覗く。
案の定、ポカンとしたハル君の姿。

「……気が利かなくて悪かった」

これが常日頃一緒にいる父親なら最初から気が付いていたのだろう。
チクリと胸が痛む。

降りてきた僕を見て、なんの躊躇いもなく手を伸ばすハル君。
彼の身長に合わせ屈んでは見たものの、躊躇っているのはむしろ僕の方で、彼を抱きかかえる事に戸惑いを隠せなかった。

初めて抱いた自分の子供。
その温もりに、また胸が痛んだ。

「うわぁ……」

感嘆の声を漏らし僕から離れたハル君は、天井までギッシリと詰められた本に圧倒されていた。

「どうやら、此処が絵本のコーナーのようだ」

そう言って彼を誘導すれば、素直にハル君は付いてくる。
子供目線の位置に作られた絵本コーナーを真剣に眺める彼を確認し、僕も自分の本を探し出した。

今日は現実逃避の為に何か小説を読もうと決めていた。
数年経ち、大分マリーの本も増えていた。彼女は中々いい物語を書く。密かに彼女のファンの僕は、まだ読んでいない物語に心を踊らせた。

「おじちゃん」

本を選び終えた頃、彼も一冊の絵本を抱え僕の元にやってきた。

これにする!と嬉しそうに僕に見せた絵本。それは僕にとって懐かしいものだった。

「これ、僕が小さな頃も読んでたなぁ」

寝る前に母親が読んでくれていた絵本。僕はこの話が大好きで、いつも読むようにねだっていた。

そういえば数回、激務の合間をぬって父がわざわざ読んでくれたこともあったな。
ふと、自分が子供だった頃を思い出した。

「じゃあ読み終わったら教えてくれ」

「ぼく、字よめないよ?」

思わず頭を抱えそうになった。
何もかも僕の当たり前に思っては駄目なのだ。完全に気が利かない大人となってしまっている。

「しかし、図書館じゃ流石に読み聞かせは……」

「この時間からはあんまり人も来ないし、平気よ」

僕らの会話を聞いていたのか、下からマリーのどこか楽しそうな声が聞こえてくる。
チラリと覗き込めば、満面の笑みを浮かべた彼女と目があった。

少し……、いやかなり恥ずかしい。
けれど、期待の眼差しをこうも浴びせられたら、僕も断る理由もない今、その期待に応えなくてはと思い始めてきていた。

「わかったよ……」

意を決した僕は、絵本を受け取り椅子に腰掛ける。
同じく、彼は椅子によじ登り、僕の足の間に当然のように座り込み僕を見上げていた。

なんとも、不思議な感覚だった。

照れ臭いような、心地良いような。
正直、悪くないと思っている自分がいる。

「では……」

コホン、と咳払いをひとつ。

――むかしむかしあるところに

よくある冒頭部を読み始め、僕らは絵本の世界へ足を踏み込んだ。


***


ああ、恥ずかしかった……!
本を借りる手続きをしてる最中も、そして僕らを見送る時も、マリーはやたら笑顔で楽しそうだった。
まあ、最初の戸惑っていた彼女の視線よりはずっとマシなのだが。

それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

時刻は16:30をまわった。
そろそろ、彼女も心配している頃だろう。

「帰ろうか。お母さん心配するから」

「うん!」

ハル君は、これまたなんの躊躇いもなく僕に手を伸ばし、繋ぐよう促してくる。
それをあっさり受け入れる自分に驚いた。

クレア、どんな顔するのだろうか。
ものすごく複雑な思いで、僕は久々に牧場へと向かう。

「おじちゃん、ぼくね、きょうすっごくたのしかったよ」

「……僕も、楽しかった」

これは僕の正直な気持ち。
そう、楽しかったのだ。一緒に過ごせたことが。そして嬉しかった。

クレアの気持ちを考えたら、もう彼と親密になるべきではないのに、またこんな時間を過ごせたらと思ってしまっている。

嬉しそうに、ギュッと握ってくる小さな手が、急に愛しく思えてきたのだ。

そうこうしてるうちに見えてきた牧場。
目の前に広がる光景に、僕は圧倒された。

最後に見た僕の記憶の中の牧場も大分賑わってはいたが、今僕が見ている牧場は段違いに立派なものになっている。

子育てしながら、一人で彼女は夢を実現したというのか。

「ママ!」

「ハル……せんせ……い?」

僕らの姿を見て、彼女は驚いた様子だった。

当たり前か。でも、酷く嫌な顔をされると思っていたから、僕はどこかホッとしていた。

「すまない。図書館に行っていた」

「おじちゃんにこれ読んでもらったの!」

開口一番のセリフが“すまない”の僕に対し、ハル君は嬉しそうにクレアに語りかける。

借りてきた絵本を見せて、「すっごくたのしかったよ!」と満面の笑みで続ける。

僕は彼女の反応を見るのが怖かった。
足早にこの場から去りたい衝動に駆られるが、そこはじっと堪える。

未だ手を繋いだままのハル君に近付き、クレアは彼の目線に合わせ屈む。そして、笑顔で彼の頭を撫でた。
その表情は完全に母親のそれで、僕の知らない彼女に思わず目を奪われる。

「よかったわね。先生にお礼は言ったの?」

「あっ、おじちゃん!連れて行ってくれてありがとうございました」

そんな事言われるとは思っても見なかった僕は、それに対して何も反応できなかった。

目の前には笑顔の親子。
選択肢次第では、ココに僕も居たかもしれないのだ――

「また本よんでね!」

僕は彼に手を振り、口角を吊り上げて見た。
きっと上手く笑えていないのだろうけど、もう彼と会える自信はない。
これが、精一杯の答えだ。

「先生」

背を向けようとした僕に、今度はクレアが呼び止める。
その一言で、まるで硬直したかのように固まる体。

「ありがとう、ございました」

そう、笑顔で言うクレア。
今度こそ僕は彼等に背を向ける。

改めて実感した。
“他人”なのだ。僕らは。


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