ハーベスト | ナノ



酒を飲めばどうにかなるかと思ったが、より一層考え込んでしまう。
僕はなんて事をしてしまったのだろう。宿のカウンターに突っ伏す僕を見かねたのか、ダッドさんが困ったような顔をして水を差し出してくれる。

「ああ、すみません」

「主役がそんなんじゃなあ。飲まされ過ぎたか?」

「それもありますけど……」

「おう、ドクター!グラス空じゃねぇか!ほら飲め飲め!」

水を飲もうとした矢先これだ。すっかり出来上がったデュークさんがやっと空にしたグラスになみなみとワインを注いだのだ。
この人も変わってないな。微笑ましくもあるが、僕からは苦笑しか零れない。
キョロキョロとマナさんを探すが、すっかりアンナさんとサーシャさんと話し込んでいる姿を見つけて、僕は彼女を呼び寄せることを諦めた。

「コラ、飲ませすぎだ」

「だってよぉ、主役が飲まなくちゃ話になんねぇだろーが」

僕が飲むまで離れないとでも言うように、デュークさんは敢えて隣に座り込む。仕方ない、あと少しなら飲めそうだし。そう諦めグラスに口付ける。

「ドクター、折角帰ってきたのに元気ねぇなぁ」

「いえ、そんな事……」

「あっちにコレでもいたのか?」

そう言ってニンマリと笑ったデュークさんは小指を立てて見せる。
全く。僕が何しに行ったと思ってるんだ。
少し怪訝そうな顔して「そんなわけないでしょう」と言い放てば、デュークさんはつまらなさそうに小指を引っ込めた。

「それに僕、もう二度と恋愛するつもりはありませんから」

勢いよく残りのワインを飲み干せば、ダッドさんが慌ててグラスを引っ込めた。
すっかり僕の発言に面食らってたデュークさんは生憎それに気付いてないようだ。僕はほっと胸を撫で下ろす。

「なんでそんなつまんねぇ事言うんだ」

「……知ってるでしょう。クレアの事」

久々に口にした彼女の名が懐かしく思える。
その名を聞いたデュークさんはさっきまで出来上がってたのが嘘みたいに、真面目な顔をして黙り混んだ。やっぱり。当然といっちゃ当然なのだが、この町の人全員知っていたのだ。

「ドクターはそれがケジメとでも思ってるのか?」

今まで静観していたダッドさんが、難しそうな顔をして僕を見つめていた。
彼の言葉が重く僕にのし掛かる。
そんな何も言い返せない僕を見て、ダッドさんはグラスを拭きながらため息を溢した。

「そんなのクレアちゃんは望んじゃないだろう」

彼の言葉に何も言い返せなかった。
確かにその決断は僕の勝手な自己満足にすぎない。

「……クレアちゃんはなんて言ってたんだ?」

すっかり酔いが覚めたデュークさんが、悲しそうな顔をして僕に訊ねる。


***


「僕の……子供」

そう言われれば、黒い髪も、目の色も納得だ。確かに、似てるかもしれない。
目眩がする。何で今まで……
いや、彼女の事だから、僕に真実を告げれば僕が此処に戻ってくるのが分かっていたからだろう。

「すまなかった……」

辛い思いをさせた上に、今まで一人で……。
深々と頭を下げることしか今の僕には出来ない事が何とも情けない。

「ドクター……顔あげて」

そんな僕に彼女は優しく声をかける。言われるがまま恐る恐る顔を上げれば、彼女は困ったように笑っていた。

「私、別に謝ってほしくて話したんじゃないわ。寧ろ今まで黙っててごめんなさい」

「いや、君は僕のためを思って……」

「だとしても、言わなかったこと少し後悔してるの……。あの子の父親はあなた一人なんだから、誰よりも先に言うのが本当だった」

ねえ、ドクター。彼女はそう呟いて、俯く。悲しそうな顔をした彼女を見て、胸が酷く痛んだ。

「私、今告げたのは貴方に責任とってもらいたいとか、あの子の父親になって欲しいとか思って言ったんじゃないから」

「でも、僕にも責任は……!」

「私、今幸せよ。牧場も続けてるし、貴方に大切な宝物も貰った。もう、これ以上いらないわ。……だから、貴方は貴方の人生を歩んで?」

きっぱりと離別を告げられ、僕は何も言い返せなかった。
今の彼女には何を言っても通じないような気がして、僕は口を開けたまま声を出すことが出来ない。

「それじゃあ、先生」

逃げるように去る彼女を引き留めようと勝手に手が動くが、引き止める事は叶わなかった。

***

「クレアちゃんらしいな……」

グラスを磨きながら、ダッドさんは小さく呟いた。
僕もそう思う。そう言う代わりに溜め息を吐いた。

「お前さんの気持ちも分かるがよ、ここはクレアちゃんの気持ちも汲んでやった方がいいんじゃないか?」

「でもそれじゃあ僕はただの無責任な男じゃ……!」

「だから影からこっそり支えてやれ。そうこの酔っ払いは言いたいんだよ」

まあ、俺もデュークに同意だ。そうダッドさんが続けた。

――こっそりか

確かに、クレアも僕とはあまり関わりたくないだろうし、その方が良いだろう。僕の意思には反するが 、僕にどうこう言う権利は無いわけだし。

「ダッドさん、ワインもう一本開けていいかい?」

「おいおい、もう酒は……」

「飲みたいんです……」

「俺も付き合うぜドクター!おい、ダッド!お前も飲め!!」

困った顔をしてダッドさんはワインを手に取る。同時に3つ取られたグラスを目にして、口元が緩んだ気がした。

彼女達には幸せになって欲しい。ただそこに僕はもういらないのだ。
その現実を飲み込むように、僕は注がれたワインを思いきり喉に通した。


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