「……こん……にちは」
驚いた様子で彼女は挨拶を返す。
当たり前か。この状況で彼女が驚かなかったらそれこそ僕がびっくりだ。
「ママ!お医者さんのおじちゃん!」
彼女の袖を引きながら嬉しそうにハル君は言う。
けれど彼女はにこりともせずに、ただ唖然とした表情で僕を見つめていた。
「……エ、リィ」
絞り出した様な声で、彼女はエリィを呼ぶ。
顔は僕に向けたまま、視線のみエリィへと向けられていた。
この異様な空気のなか、ハル君だけがキョトンと彼女を見上げている。そんな彼が羨ましくある。
「クレアさん……」
コクンと小さく頷いたエリィは直ぐ様笑顔を浮かべた。
いったい何なんだ。二人の不可解なアイコンタクトに、僕は一人たじろぐ事しかできない。
「ハル君、今からお姉ちゃん買い物に行くんだけど、着いてきてくれない?」
何を言い出すかと思えばこれだ。
この言葉に戸惑うのは僕だけじゃない。「でも……」とチラリと彼女を見つめるハル君のを見る限り、彼もまた戸惑っているらしい。
いったい、エリィは何を考えてるんだろうか。
「ハル、エリィお姉ちゃんのお手伝い頑張ってね?ママここで待ってるね!」
僕を置いて、話はドンドン進んで行く。
本当に何を考えてるのだろうか、彼女達は。
さっさと出ていく支度をするエリィに僕は何も言えずに、ただ手を振るハル君に手を振り返すだけ。
バタンと閉まるドアの音だけが院内に残る。
「……」
「……」
勿論、残るのは沈黙のみ。
気まずい空気に身動きすらとれない。
困った。こんなに早く、彼女と話す機会が訪れるとは思っても見なかった。
てっきりエリィは僕らを会わせないように仕向けると思ってたもんだから。そう高をくくっていた僕が悪いのだけれども。
「あの、」
「あっ、あの」
このタイミングで被るなんて。ついてない。
さらに気まずくなる空気に、僕らは俯き「先にどうぞ」と譲り合う。
「久しぶり……だね」
一向に彼女が話す気配がなかったので、ここは僕から切り出すことにした。
こんなに緊張するのは初めてかもしれない。
まだ、手の震えは止まらなかった。
「はい……そうですね」
ここで会話は終了する。
なんと呆気ない。只でさえ話べたな僕から切り出したのが不味かったのか。ドンドン重くなる空気に耐えきれず、冷や汗が浮かび上がるのを感じた。
「元気そうで、よかった」
「せんせい、こそ」
先生、か。その呼び名にズキリと胸が痛む。
ここで新たに思い知った気がした。
僕らの関係は数年前に終わっているのだ。
嗚呼、何を期待してるのだ。
彼女は子供もいるし、ハル君の父親としっかり家庭を築いてるというのに。
「ハル君……と言ったかな?どうりで惹き付けられるはずだ。君に似た丸い目がキラキラと輝いていた」
色が白いのも、彼女に似たのだろう。
証拠にほら、今だって彼女は牧場をやっているとは思えないくらい白くて綺麗な肌をしている。
日に焼けては真っ赤になり痛がっていた彼女。日焼け止め一つであんなにも喜んでくれていた事が昨日の事かのように目に浮かぶ。
「私に、似てる?」
「ああ。似てるよ。でも、ハル君が君のとこに駆け寄るまで気が付かなかったけど」
明るいところも君にそっくりじゃないか。
そう続ければ、彼女は少し微笑んだ気がした。
また流れる沈黙。
凄く時間がゆっくりと流れているように感じる。
僕はあの時の事、謝らなくてはならない。
彼女に終止符を打たせ、逃げたあの日の事を。
「せん、せい……」
ぎこちない、彼女の震えた声が届く。
先に沈黙を破られた事に拍子抜けした僕は、無言で彼女を見つめた。
揺れる瞳はしっかりと僕を見据えていて、僕はそれから目を背けられない。
「ずっと、言わなくちゃって、思ってた」
「……なに?」
「先生が、帰ってくるってエリィに聞いてたけど、まさか今日だとは思ってなかったの。心の準備も何もないんだけど……大事なことだから。エリィには、いつか自分で先生に言うからって口止めしてて、それでさっき……」
成る程。それで、エリィはハル君を連れ、敢えて僕らを残したのか。
けれど、それ程までして僕に言わなければいけない事とは何だ?
不安が襲い、自然と息を飲む。
「ハル、ね。似てると思わなかった……?」
「……は?」
構えていたのに、彼女の言葉に力が抜ける。
似てると先程告げたはずだが?
彼女の子供と解った今となっては、そっくりとしか言いようがない。
「だから、似てると先程も……」
「違うの!」
そうじゃなくてと、妙に歯切れが悪い。
一体何だと言うのだ。唖然とする僕に、彼女は唇を噛み締めて、それをゆっくりとほどく。
「あなた……に」
「……え?」
「ドクターに、似てると……思わなかった?」
意味が……わからない。
ドクターと言われた事とか頭に残らないくらい、彼女の言葉の意味が理解……できない。
何を言っているんだ?
僕に……似てる?
ハル君が、何故?
「ドクターが行った後、分かったの。お腹にハルがいること。旅立ったあなたに、言えなくてそのままこんなに時が過ぎちゃって……」
「……じゃあ、ハル君は……」
僕は……今までなにも知らずに……
「ハルの父親は、あなたなの」
僕は……何ということを……
今更ですが、とんでもない設定で申し訳ないです
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