ハーベスト | ナノ



「おじちゃん……」

あ、そうか。これぐらいの小さな子からしてみれば、僕は充分おじさんと呼ばれる年齢か。
しかし……おじちゃん、か。
ショックを隠せない。

「せ、先生?」

エリィの声にはっとする。
そうだ、ショックを受けてる場合じゃない。

「君、怪我してるみたいだね。消毒しておこう」

「いいよ。ボク平気だもん!」

「ダメよ。今は平気でもバイ菌が入ったら、痛くなるかもしれないわよ?」

「うぅぅ……」

エリィには弱いのか、諭された彼は素直に診察室へ来る。
帰ってきて初めての患者がこの少年か。
果してこの子は誰なのだろうか。
疑問に思いながらも、彼の擦りむいた膝に治療を施した。

「少し染みるが、我慢できるね?」

「――っ!!」

「よし、いい子だ」

絆創膏を張って、頭を撫でてやる。
じっと僕を見つめる黒い瞳。
キラキラしたその瞳は、凄く綺麗だった。

「ありがとうございます」

「偉いわね。ちゃんと我慢できたわね」

「うん!」

しっかりと躾がなってるな。そう感心しながら、エリィと談笑始める少年を見つめる。
真っ黒な髪に、真っ黒な丸い瞳。ながい睫毛に、白い肌。この歳の少年にしては白すぎるな。もっと太陽に浴びた方がいいんじゃなかろうか。それとも色白か?

「ねえ、おじちゃん」

「……なんだい?」

おじちゃんと呼ばれるのには抵抗があるな。
そう言えばエリィはお姉ちゃんなのに、僕はおじちゃんか。少し、不快感を覚える辺り、僕はまだまだ若いつもりだったんだろう。

「おじちゃんはなにしてるひとなの?」

「僕は医者だよ。病気を治したり、君みたいに怪我した人を治療するのが仕事だ」

「へぇ!」

好奇心旺盛な眼差しで、少年はじっと僕を見上げた。
「おじちゃんすごいんだね!」と尊敬の眼差しをおくる彼を見て、ふと小さな頃の自分を思い出す。
僕も父の仕事をしてる姿を見て、彼のように凄いと尊敬していた。僕もこんな風にキラキラした瞳をしていたのだろうか。

「そう言えば君、名前は?」

「ボクは――」

「こんちには……」

か細い声が院内に響く。
この声……。
僕はこの心地よい声を知っている。

じっと、カーテン越しにドアを見つめる。

――このシルエット……

間違いない。彼女だ。

「――っ!」

息を詰まらせ焦りを見せるエリィに、なんだか申し訳なくなる。
僕が今日帰ること、伝えてなかったんだろうな。でなきゃ彼女がここに来るはずがない。

僕は大丈夫。そう言うつもりでエリィに微笑もうと努めたが、上手く笑えない。
駄目だ。本当はまだ心の準備が出来てない。

「クレアさ……、」

「ママ!」

診察室の向こうへ、少年が駆けていく。

『ママ』

確かに今そう聞こえた。
今、確かに……。

「あ、もうやっぱりここだったのね。ダメでしょ。エリィお姉ちゃんはお仕事なんだから」

「ママ……ごめんなさい」

カーテンにシュンとする少年と、目線を彼に合わせしゃがんだ彼女が映る。
目眩がしそうだった。
そこには僕が会いたかったはずの彼女がいる。けれど、それは僕の知らない彼女だ。

情けない。覚悟は決めていたはずだ。
彼女が幸せならそれでいいと、僕は何度も願ったじゃないか。

「先生……」

心配そうに小さく呟くエリィ。
そんな彼女に大きく頷いて見せる。

逃げるわけにはいかはい。
会いたかった。勿論、恐いのだけれど。証拠に手の震えが、止まらない。

「こ、こんにちは。クレアさん……」

僕を見かねてか、エリィが彼女の元へ駆け寄る。
このまま帰ってもらえるかも。どこか安堵する自分が情けない。

「あ、エリィ。ごめんね、ハルがまた勝手に……」

「あ、ママあのね!ボクコケちゃって、ここおじちゃんになおしてもらったんだよ!」

ハル――と呼ばれた少年が声高々に彼女に告げる。

「おじちゃん?」

「うん!お医者さんのおじちゃん!」

聞きなれない単語に彼女は首をかしげる。

困った。けれど、もう逃げれない気がして、

「……こんにちは」

僕は……彼女と、再会した。





少年の名前、とくに意味はないです。


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