いよいよ明日、故郷へ帰るのだ。どんな顔をしたらいいものかと一瞬悩んだが、元々感情を表情に出すのは苦手だったなと思い出す。今日ばかりはこの欠点に酷く感謝した。
細々とした周りの荷物を纏めながら、止まった手。僕も随分未練たらしい男だな。そう自嘲せずにはいられない。
久々に手に取った青く美しいそれは、今も褪せず希望に満ちているように見えたのだから。
嗚呼、皮肉な事に思い浮かぶのは彼女との美しい記憶ばかりだ。けれど心を乱さなくなったという事は、大分傷が癒えた証拠だろうか。そう思うと何処か寂しくもある。
彼女は、苦しんで無いだろうか。凄く優しい人だったから、きっと僕より彼女の方が苦しかったに違いないだろう。証拠にあの時の彼女の顔を思い出すだけで、酷く心が痛んだ。
後にも先にも、彼女にあんな顔をさせたのは僕だけでありたい。彼女には、ずっと笑って居て欲しい。何とも身勝手なものだが、そう祈る。
「ごめんなさい、私……一緒に……行けません」今も耳に焼き付いて離れない。酷く震えた愛しい彼女の声。
何処かで分かっていた筈だった。彼女が牧場を捨てれない事ぐらい。
それでも告げた僕は卑怯な男だった。彼女に終止符を打たせた、卑怯な男だった。
だからこそ、今も願うは彼女の幸福、ただ一つ。
あの町の人々は皆いい人ばかりだ。必ず彼女を幸せにしてくれる男性が居る筈だ。
僕に気を遣ってか、エリィからの手紙には彼女の事は一切書かれていなかった。
だから彼女の現在の生活を僕は知らない。全ては明日、僕は受け止めなければならない。
長く息をつく。ゆっくり瞬きをすれば、やけに視界はクリアに映った。
僕の手元で揺れ動く、青い羽。
それをごみ箱へ捨てようとして、再び手は止まる。
こういう時の人間の身体と心理は面白いものだ。まるで他人の身体のように、全く動かない。
やはり僕は未練たらしい男だな。
この羽一つ捨てれない。彼女に関わったもの、彼女との思い出、結局僕は彼女を忘れる事なんか出来はしないのだ。
「呆れた……ものだな」
ダンボールの中で輝く羽を見つめ、僕は嘲う。
随分複雑で、それでいて穏やかな気持ちだった。
彼女に会いたいと、切なく心が歎いていた。
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