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昨日の朝は、一ノ瀬さんから名前呼びという、素敵なプレゼントを貰ってしまった鳥明名前です。今日も昨日と同じ時間に出たけれど、一ノ瀬さんと出会うことはなかった。
『うん、しょっと…』
早乙女学園の方角にある窓を明けて、朝特有の涼しい風を感じる。一ノ瀬さんは居ないけど…いい気分。
『名前…って、呼ばれちゃった!』
きゃはー!なんて思いながら机に顔を伏せる。というか押し付ける。嬉しすぎるでしょう!
『……トキヤ、くん』
どくん、と胸が鳴る。目をぎゅっとつむって、口もぎゅっと閉じる。でも口角が上がるのは抑えきれない。ていうか、もういろいろと抑えきれない。
『今日は何を吹こうかなー』
まあ、なんでもいいやと、私は即興で適当に吹く。これがすごく楽しい。フルートの音が好き。長い形が好き。昔見た女の人みたいに、指までは綺麗に見えないとは思うけど、憧れてた音を出せるのは嬉しい。
「やはりあなたでしたか…」
『わきゃっ!いい、一ノ瀬さん!?』
「昨日の朝ぶりですね」
『は、はいっ。えっと!その前に!どどど、どうしてここの音楽室に?』
「え、あなた知らないんですか…?」
『?』
何をだろう。ここは海中高校の音楽教室だし。ここだけだからね、誰も来なくて防音なの。
「この教室は、早乙女学園からも通路が繋がっています。元々は早乙女学園の教室ですから」
『え?そうなんですか?わあ、知らなかった!』
「この教室には毎日?」
『いえ。早起きした時だけにです』
「そうですか。実を言うと、私はランニングをしている時、あなたのフルートが聞こえていたんです」
『そ、そそそそうなんですかあ!?』
「ええ。だからぶつかった時、本当に驚きましたよ。もしかしたら、聞こえたのはあなたのフルートかもしれないと。そしたら……本当にそうでした」
『っ…!』
一ノ瀬さんの指が…!私の頬に触れてる…!
「あなたの音色は、本当に素敵です」
『ひっ…』
耳元まで顔を近づけてきた一ノ瀬さんに、私は体が熱くなる。そのまま離れていくと思いきや、頬に少し冷たく、柔らかい何かが触れた。
『!?』
「では…」
微笑んだ一ノ瀬さんを、呆然と見る。教室には、顔も耳も真っ赤な私が取り残された。
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