▼完
一ノ瀬トキヤです。つい最近、私には恋人ができました。表情がころころ変わる、見ていてとても可愛らしい人です。そんな彼女は今、体育の時間みたいですね。
随分前、私が体育の時に、彼女が見ていたことを思い出します。あの時は柄にもなく、全力でサッカーをしたものです。名前は今ハードル走をしているそうです。ああ、今走りましたね。前より早くなっている気がします。
「イッチー、何を見てるんだい?」
「!…レン、驚かさないでください」
「俺が来ることも気づかないなんて。何に夢中になっているんだい?」
「あなたには関係ありません」
「つれないねぇ」
レンの所為で、少しばかり名前を見逃してしまいました。グラウンドが、あんなに遠い…。あの音楽教室に続く通路を行けば、あんなに近く感じられるというのに。そんなことを考えていたら、また名前の走る順番が来たみたいです。
「……っ!」
――――ガタンッ
「んー?どうしたトキヤー」
「翔……」
「おう」
「いえ、なんでもありません」
「?変なのー」
私は椅子に座り直す。なんてこともせず、そのまま窓に近づく。名前が、ハードルに足を引っ掛けて転んでしまいました。すぐにでも駆け付けたいのですが…。学校が違うと、こんなにも胸が苦しくなるんですね。というか、あの体育教師。名前にベタベタと触りすぎではありませんか?触らず、速やかに保健室へ行かせるという頭はないのでしょうか。ああ、ようやく友人に連れられて保健室に行ったみたいです。今日の放課後、確かめなくては…。
『一ノ瀬さん!』
名前の学校の校門前で待っていれば、怪我した足なんて気にもせず走って来る。そういうところが心配だというのに。
『ごめんなさい!待ちましたか?』
「いいえ。それより、足は大丈夫ですか?体育の時間、転んだでしょう」
『え!?見られてました!?』
「ええ。足がハードルに引っ掛かり転んだところを」
『うきゃあああ!恥ずかしすぎる!ていうか私、一ノ瀬さんに恥ずかしいところしか見られてないっ』
そんなことはない。彼女が体育際のチアリーダーをすると言った時には、放課後残って練習しているところも見えましたし。何より、彼女がフルートを吹く姿は、本当に凛々しいものだと思います。まあ、言えば調子に乗ってしまいそうなので言いませんけど。
「もう少し自分のことを考えてください。あまり走ってはいけません」
『はい…。その…、さっきまでは、普通に足を気にしながら歩いてたんですけど………。一ノ瀬さん見たら、そんなのどうでも良くなって、』
そう言って笑った名前に、私の胸が煩くなる。きっとこれが愛しい気持ちなんでしょう。もう我慢できません。
「今ここで、抱きしめて、キスをしても良いですか?」
『うえ!?……は、い…』
名前を引き寄せ、後頭部に手を回す。できるだけ優しくとは思っているのですが…。駄目ですね。本人目の前にすると、そんなことも考えられなくなります。いっそこの感情に委ねてしまえたら…。ですがそれは、まだ先の話しですね。
『…、一ノ瀬さん…』
「ん……なんですか?」
『好き、です』
「私も、愛していますよ…」
とりあえず今は、崩れ落ちそうな彼女を支えることと、キスを続けることですね。本当に、何度したって足りた試しがありません。この感情に名前を付けるとしたなら…、
依存、というやつなのでしょうね。
(依存と好きは紙一重?)
E N D
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