「お嬢様…!」
『…トキヤ?』
振り返れば、汗だくのトキヤが居た。なぜそんなに汗だくなのか。大方、パーティー会場から抜け出した私を探しに来たんだろうな。
「お嬢様、泰明様がお呼びです」
『知らない』
振り返った顔を、私はさっきまで見ていた景色に顔を向き直す。この催しだって、別に好きで参加している訳じゃない。
『お父様は、どうして沢山の人を私に会わせようとするの』
「それは、お嬢様が将来この会社を受け継いだ時に、周りからもご好意を受ける為です」
『そんな知らない人からの好意なんていらない』
「お嬢様…」
ここから少し長い台詞が始まる。いわゆるシリアスシーンというものだ。泣くこともしないといけないから、頑張らないと。
『別に私は、そんなものを欲しがってる訳じゃない。いつだって、私はお父様が嫌い、大嫌い。なのに、どうしても私は、あの人に認めてもらえないと安心できない…!いくら頑張って周りに褒められても、あの人から言われないと…!』
「………」
『いくら口で…っく。嫌いだとか言ったところで!…私は、っ結局ダメで。……ひ、っく…。ただ子供として…。あの人の、…お父様の娘として…!私は…私は…っ』
「愛されたい、のですね」
ぎゅっと、温かいものに包まれる。それは紛れも無くトキヤだ。演技の一貫だけども、こんなに感情移入できるのは、トキヤが上手だからだと思う。尊敬するな、なんて。
「愛されたいですか?」
『っ…く、うん…』
「ならば、私が泰明様の代わりに愛しましょう」
『ひっ……う、ん?』
ううん!?何その急展開。いらない、いらないよ!?後は無事お父様に愛されてハッピーエンドだったじゃん。何これ。続くの?続いちゃうの?最終回突入で急展開!?
「お嬢様…。いえ、名前」
『は、ひ!?』
「私は、あなたを愛しています」
『あああ、あの…ちょっ…!』
いつの間にか、私の涙はどこへやら。あんだけ頑張って号泣したのに、なんだよちくしょう。トキヤに抱きしめられながら、私は顔に熱が集まることを認識。もうこの収録やめてほしい…!
「名前、」
『!?』
「私では、いけませんか…?」
『うっ』
な、なんだそのうるうるな目は!覗き込むなっ。そして顔を近付けるな!何これ、私が悪いの?なんでうるうるさせてるの。
『わ、』
「わ?」
『…っ〜!、私は!お父様に愛されたいんですっ』
言った。言ってやった。これで最終回のストーリーは変わらないはず。変なアドリブしすぎだよトキヤ。もう尊敬とか前言撤回致します。一安心していると、両肩にがっと衝撃がきた。何事かと、トキヤに振り向けば、奴はにっこりと笑っていた。
「略奪愛ですね!」
『ちげぇよ!』
ああ、いつになったら無事に収録は終わるの…。いっそ泣き出してしまいたい。
「監督、ストーリー変えますか?」
「んー。考えとく」
「「「「 そこは断れよ 」」」」
※その後、最終回を変える訳にもいかないので撮り直し。終わった時、一ノ瀬さんはキラキラしてましたが、名字さんは魂が抜けてました。(スタッフ一同)
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