「さあさ!始めますよー」
執事の那月には、いつもヴィオラを教えてもらう。これが全く成長しない。
「はい、構えてください」
『はーい』
那月に渡されたヴィオラを、教えてもらった構えに持つ。私が弾いたら変な音しか出ないこの楽器も、那月が弾いたら本当に綺麗な音が出る。なんだか自分で言いながら悲しくなってきた。うう、ごめんね那月。こんなのが生徒で。
「じゃあ、ドレミファまでいきましょうか!」
『う、うん』
弾けば、ギーコーとしかいわない。もう音じゃない、ただの雑音だ…。
『那月、私ヴィオラは諦めるよ』
「ダメです!絶対絶対!ぜーったいにダメです!」
『う…。なんでそんな…』
「お嬢様には、僕と同じ楽器を弾いてもらって、僕とセッションしてもらうんです!これは誰にも譲れませんっ」
ででん!と腰に手を当て、私の前に仁王立ち。私はこれが演技だということも忘れて、那月の可愛いさに少し笑ってしまった。えっと、次の台詞は…、
「僕が直接お教えします」
『え?』
急に那月が台詞もないところで口を開いた。ちょっと待とうよ。この後は私が「頑張ります」なんて言って、一人で頑張るシーンでしょ?それで那月に成果を見せるっていう…。
『い、いや。でも那月も忙しいと思うし。私は一人で…』
「いいえ大丈夫です!僕は名前ちゃんの為だったら、仕事なんて絶対に行きません!」
『いや行けよ。なに本職を放棄しているんだ』
は…!ついいつもの感じでツッコミを入れてしまった!監督に後で怒られないかなー…。なんて悶々していたら、いつの間に背後に回ったのか。私の後ろには那月がいた。
「練習再開です」
『え?ちょ…うぎゃっ』
後ろから伸びてきた那月の手は、私の右手と、ヴィオラを持つ腕を包んだ。背中にある那月の胸板。耳に掠る、くすぐったい那月の天然な髪。
「僕に一度、任せてみてね」
『…!』
そして極めつけは、耳元で聞こえる那月の声。なんというか…すごくくすぐったい。耳からぞくぞくした感じが体に伝わる。
「いきますよー」
『ちょ、那月…!』
「あ、ダメですよー。ちゃんと集中してくれなくちゃあ」
我慢できず振り向いた私に、少しバランスを崩した那月。それでも一向に離れる気配はない。ていうかスタッフそろそろ止めんか!明らかストーリー違うものになってるよ!
「ほーら。集中してください」
『(那月のバカ…!後で足踏んでやるんだから)』
「ふふ、そうですよー。そのままそのまま……。はい、よく出来ました」
『ふー…』
「お疲れ様です。では、僕からの出来たご褒美です」
『!?』
唐突すぎて、私は何もできなかった。私の腕を支える那月の左手が、私の顎を掴む。そしてそのまま、那月は私の右の首筋に唇を押し当てた。
『な、なに、何して…!』
「ふふ、名前ちゃんお顔が真っ赤で可愛いです」
『か…!?』
「そんな顔されたら、僕…、止まらないですよ?」
『……(ピシッ)』
誰か本当に、この天然たらしに「カット」を掛けて下さい。
「ああ、名前ちゃんが…!」
「うんしょ、と。そろそろカットを掛けてやるか」
「「「「(ドS監督…)」」」」
※その後、カットを掛けても石化した名字さんを離さない四ノ宮さんを、なんとか離し、ピヨちゃんのぬいぐるみを与えました。(スタッフ一同)
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