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嶺ちゃんの現場は、もう本当にすごいの一言に尽きるものだった。収録が終わったのにも気づかず、魅了されたまま口をぽかんと開ける私は、嶺ちゃんが声をかけてくれるまでずっとそのままだった。着替えてくるからと、いつも通りの笑顔でその場を後にした嶺ちゃんだったけど、なんかもう、うん。この現場を自分の目で見れたことがとても嬉しい!背中を向け歩いていく嶺ちゃんに、私はにやける顔を押さえつけ、深くお辞儀した。






『嶺ちゃんっ!ほんっっっとうにありがとう!!!』

「喜んでもらえたみたいで良かった。名前ちゃん、ずーっと見てくれてるからぼくちん頑張っちゃった」





運転をしながら言う嶺ちゃんに、私はもう一度ありがとうと言った。夜の道を走る、少し古い緑の車は、夢にまで見たあの嶺ちゃんの車。そんな車に彼女でもなく、ましてや春ちゃん的立ち位置でもないのに、助手席に座ってしまっている。最初は抵抗したんだよ?後ろに乗ります!って。でもそしたら話しにくいからだーめって無理矢理入れられて、あれよあれよと「しゅっぱーつ!」という嶺ちゃんの掛け声で車は動き出してしまっていた。





『それにしても嶺ちゃんすごいね!アドリブもすごかったし!』

「えっへーん!れいちゃんすごいでしょー?」

『うん!やっぱり嶺ちゃんは嶺ちゃんだった!』





私の言葉にきょとん、とする嶺ちゃんなんて知らずに、私はべらべらといろんなことを話してしまったらしい。





『でね!』

「ちょっと待って名前ちゃん」

『え、』

「なんか…うーん。名前ちゃんが言ってること、ファンだからって一言で収めるには、ちょーっと違うような気が……」

『……うん?』





待てまてマテ。嶺ちゃんは何に悩んでるの?私なんか変な地雷踏んだ!?このまま悩ませると、嶺ちゃんは意外と勘はいい方だし…。これはバレる!?藍ちゃんに怒られるフラグ!?いや、落ち着くのよ名前。別に嶺ちゃんはファンの一言で収めることが違うって言っただけなんだから……、ほらあの、行き過ぎたアイドルオタクとかでいいんじゃない!?もしくは恋愛的に好きだとかね!……ってそれじゃだめじゃん!(パニック)こうなったら最終手段!秘技!シラをきり続ける!





『れ、嶺ちゃん?特に私の発言はおかしくなかったと思うなあ』

「うーん」





笑顔がひくつく。やめて私の頬よ。全筋肉使ってもいいから今だけ普通に笑ってて…!!そもそもバレたら怒られるとかそれも怖いけど、なんとなく私自身この世界でイレギュラーな存在だから、ばらしたことで更にそれを認識させられるから嫌なんだよね!あと説明もめんどくさい。





「んー。ねえ、名前ちゃん」

『……は、ひ』

「やっぱりボクのファンだったんでしょう!」

『………は?』

「そーんなにボクのこと見てるんだからさっ。やっぱりボクのファンなんだよね!」

『あ、はは…』





なぜか納得したように笑っている嶺ちゃんに、まあ気づかれたくないしいっかと、私も前を向いた。溜息を吐く私の横顔を、嶺ちゃんが横目で見ていたことには気づかないふりをする。たぶん、ファンじゃないってバレてはいるんだろうけど、ここは深追いしてこない嶺ちゃんに甘えてしまおう。





『嶺ちゃんから見てさ、音也とトキヤってどんな感じ?』

「おとやんとトッキー?うーん…、若いなって感じ」

『はいここで藍ちゃんが言いそうな言葉まで3秒前!さん、にい、いち!どん!【 レイジおじさんくさい 】』

「なんでここでアイアイ!?言いそうだけど!ぼくちん泣いちゃうよ!?」

『15歳の藍ちゃんからしたら嶺ちゃんなんて……、ね?』

「ひどい!!名前ちゃんのばか!」

『まあまあ、冗談だよ嶺ちゃん』

「冗談でボクの心抉らないでほしいな…」





抉られたって嶺ちゃん立ち上がれそうな気がする。大丈夫、嶺ちゃんなら乗り越えられるよ!っ言葉には、れいちゃんも普通に傷つくことあるんだけど!?って返ってきました。ご愁傷様です。





『で、さっきの話なんだけど。なんで音也とトキヤは若いなって感じなの?』

「んー?なんだかね、大切なものを全部背負おうとしている感じ?」

『ん?』

「トッキーはまだ芸能界の経歴もあるし、きっとそういう場面になったら正しい選択をすることも分かってるんだけど、おとやんはきっと、正しくない判断をしちゃうって思ってる」

『大切なものの、選択…』

「悲しいことだけど、ぼく達の世界で全部を背負って戦うことは難しい。何かをする為には何かを犠牲にしなくちゃならない。その選択を、おとやんはできないだろうなって思うけど…」

『ああ、そっか。あの7人なら可能にするまで頑張りそうってこと?』

「さすが名前ちゃん!」





とびきりの笑顔で答えてくれた嶺ちゃんは、後でご褒美にあめちゃんあげちゃう!なんて言ってくるものだから、少し笑ってしまった。若いと頑張り方しか知らないもんね。嶺ちゃんほど大人になると、頑張り方と、それ以外の乗り越え方を知るし。





『お互いに、吸収し合えるといいねっ』

「…!そうだね。ミューちゃんが参加してくれるかなあ?」

『お!カミュ!?なになに参加してないの?』

「なんでそんなにわくわくしてるの名前ちゃん」





えへへー、と笑いで返してみたけど、単純にカミュの名前が出てきて興奮しただけです。だってあとカルナイで話せてないのはカミュだけだもん。いつか話せるといいなあ。アレキサンダーにも会いたいな!そしたら絶対にもふもふするんだあ。そんな妄想をしていたら、頬が勝手に緩んでいたようで、嶺ちゃんにほっぺをつつかれながら


「なーにがそんなに嬉しいの〜?ぼくちんといるのに他の人のことなんて感心しないなあ」


なんて言われたので、嶺ちゃんと話せたことも楽しかったし嬉しいよ!って返せば、少しびっくりしたあと、照れ笑いした嶺ちゃんからありがと、って返ってきた。うお…!これが車じゃなかったら私間違いなく嶺ちゃんに抱きついてた。今度にしよう。その後はカルナイの活動とか藍ちゃんが冷たいとか、蘭丸が冷たいとか、カミュが冷たいし痛いとか、そんな話をしていたら寮に着いていた。車を降りて、嶺ちゃんが車庫に停めに行くのを見送っていたら、玄関から龍也さんが走ってこっちに向かって来た。





「名前!」

『ふお!?名前呼び…っ!?ってうわ!!!』

「良かった…。帰りが遅いから心配した。変なことされてないか?」

『だ、大丈夫ですよ!嶺ちゃんのことなんだと思ってるんですか龍也さん!』





がっ!と肩を掴まれる。全身くまなく検査され、本当に何もされてないことが分かったのか、ほっと息を吐いて悪い、と呟きながら離してくれた。少し過保護な龍也さんが見れて、なんだか得した気分。そして嶺ちゃんが戻って来た時には、帰りが遅い!と龍也さんに怒られてて、いきなり怒声を浴びせられた嶺ちゃんも、ぇえ!?ってびっくりしてた。まあ、2人して怒られたわけだけども、嶺ちゃんをチラッと見れば、向こうも見ていたのか目が合ってしまい、怒られてる状況がおかしくなって、2人して笑ってしまった。





(こんな日もあるよね、なんて)


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