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あれからトキヤが、近くの部屋に台車がありましたよって教えてくれたおかげで、私1人でも楽々運べることになったけど。
『……………』
「……………」
な ん で ?
え、なんでまだトキヤいるの?私の錯覚?本当は仲良くさせていただきたいなー、なんて思ってる私の本音が生み出した錯覚ですか!?いやいや、さっきダンボールを台車に乗せる時に脛ぶつけちゃったけどすごく痛かったよ。涙出たもん。ってことは錯覚じゃない…。え、本格的に謎が深まったよ?
『…………』
「…………」
………………沈黙が、痛いんですが。もしかしてトキヤも私と話してみたかったり?………いやいやいやいや。行く方向同じだけかも!?うん!きっとそうだよね!
あ、なんか考えてて涙出そうになってきた。本当は仲良くしたいけど、トキヤのあの顔はなあ。どう考えても、俺に近づくな!死にてぇのかぁあん!?みたいな顔だったしなあ(実際の心情とは異なります)
「………名字さん、」
『え!?名字…って、私か!はい!!』
「あなた以外に誰がいると言うんですか」
『あ、あはは…。えっと、なんでしょう?』
トキヤからまさかの絡み!!!もう死にたい!逃げたい!なんか言われそう!
「あなたは、私たちのファンだと。そうお伺いしたのですが」
『へ?あ、ぁあ。うん』
「ならば今すぐ、ここから出て行ってください」
『………』
「どうせあなたも、そういった欲があるのでしょう。美風先輩にどう取り入ったかは知りませんが、私達はあなたのようは人を選んだりはしません。スキャンダルにでもするおつもりだったのか、それともただ単に好きでここにいるかも分かりませんが。一刻も早く去るべきです」
ああ。なんか言われることが思った通りのことすぎて、私の頭は冷えてるんだけども。つまり私は、遊女扱いですかそうですか。そんな風に見えますかね?まあ、そりゃいきなり現れた奴が怪しいのは分かるけどさあ。もっと言い方とか、ね?
『一ノ瀬くん』
「…なんですか」
『君おばかくんだね』
「は?」
『私がもし一ノ瀬くんの言う、そういう女だったとしよう。こんな平々凡々な、せめて並少し上くらいのレベルの女性だとして。そんな女性が、こんなバカ素直に雑用を受けたり、ましてやそれを全うするとお思いですか?』
「っ、それはあなたが…っ!」
『ああ、これも策略のひとつだと。そんな時間と暇がある女性なら、もっと賢いと思うけど。もう既に誰かを悩殺してるんじゃないかな?お生憎様、私にはそんな色気も無いんでね』
だから、一ノ瀬くんの考えてることは違うし、私はここから出て行かない。
その後の返事は返ってこない。台車のカラカラと車輪の回る音だけが廊下に響く。うーん。春ちゃんと出会ってても、ここはやっぱり疑い性のトキヤが出てきちゃったかあ。でも出て行けって言われても、私ここ出たら行くとこないんだもんなー。なんて考えていたら、指定された場所に着いた。ドアを開けると、何箱も衣装、と大きくマジックで書かれたダンボールがある。中に入り、ダンボールが置けそうなスペースを見つけ、そこに下ろした。ふう、これで終わり!後は台車を戻して、また龍也さんのところへ行かなくちゃ!なんて考えていたら、入り口から声がした。
「あなたは、本当に信頼して大丈夫な方ですか?」
『え?私?………うーん。もしかしたら、一ノ瀬くんの言う、わるぅーい女かもしれないよ?』
「なっ!先程は違うと…っ!」
『冗談だよー。まあ、それだけ誰かを疑いながらじゃないと、やりにくい世界だっていうのは一般ピーポーな私でも分かるし。別に、信用してくれないならそれでいいよ。一ノ瀬くんの判断だもん。でも、もし信用できるって判断してくれたなら…』
「…?」
カラカラっと、台車を押しながらトキヤの前に向かう。台車を隔てて、だけど。トキヤに対して私は手を差し出した。
『友達になってほしいな!』
「な!?………あなたは、馬鹿ですか」
『えへへー。よく言われる。でも私、一ノ瀬くんと話せることは無いと思ってたから、このチャンス逃したくないんだー』
「…それは、私を狙っている、とも聞こえますが」
『おおう。まじか!言葉のチョイス間違えた!!!でも本当のことだし…。うーん。なんて言ったらいいのこんな時』
「知りませんよそんなこと」
『一ノ瀬くんひどい!嶺ちゃんに言いつけてやるー!』
「なぜそこで寿先輩が出てくるんですか!」
『いーいーかーら!はい、これで友達ね!』
無理やり手を掴む感じになったけど、終わり良ければ全て良し!
『というわけでトキヤ、この台車を返しに行くのついてきてほしいな』
「んな!?名前…っ!なぜ私がそんなことをしなければならないんです!?」
『えー!友達だもん!1人で心細いんだもん!あ、トキヤもさっきみたく、私のこと名前って呼んでよ!』
「!?………あ、あれは。音也があなたのことをそう呼ぶので、咄嗟に出てしまったんです、」
『あー!聞き間違えじゃなかったんだね!』
「な!謀りましたね!?」
『いやいや、今のはトキヤの自爆。私悪くないもーん』
「十分あなたは悪い女性だと思うのですが」
はあ、と額に手を当ててため息を吐くトキヤは、私に背を向けて部屋から出てしまった。やっぱり無理だったかなあ、友達なんて。って項垂れていると、
「何をしているんですか」
『へ?』
「台車!…戻しに行くのですよね」
『え、あ……うん!!!!』
意外や意外。あのトキヤがデレました…っ!ぬお!今日がんばれる!
『わー!待ってよトキヤ!ぎゃん!?鍵!鍵どこ!ドア閉まんないよ!?』
「何をしているんです。そもそも鍵なんてかかっていませんでした。私よりあなたの方がお馬鹿なんじゃありませんか」
『あ、さっきの根に持ってるんだ』
「…持ってません」
『えー!持ってるよ!』
「持ってません!早く行きますよ!」
『ふふ、はーい!』
少しだけ、近づけた気がするのは気のせいじゃないよね。
『あ、そういえばトキヤ』
「なんですか」
『さっき藍ちゃんが私に付け込まれた的なこと言ってたけど』
「………なんのことですか」
『いやもう私ばっちり聞いちゃってるから。遅いからそんなの』
「はあ、失言でした。あなたのような人に落とされる訳が無いですよね」
『どういう意味かな』
「そのままです」
『急に生意気になりおってー!いいよーだ!藍ちゃんに言いつけてやるんだからあ!』
「な!待ちなさい名前…っ!」
走りながら台車を押す女と、それを怖い形相で追いかける男という。奇妙なシーンができあがりました。
「何してるんだあいつら?」
「わあ!鬼ごっこですかー?楽しそうですねぇー、ふふ」
「那月、あれを楽しそうですねーなんて言えるのおかしいぞ」
「そうですかぁー?ああ、でもトキヤくんずるいです。僕も名前ちゃんとお話してみたいなあ。翔ちゃんは、もうお話ししたんですよね?」
「んあ?ああ、まあ少しだけな」
「ふふ。僕も今度、話しかけてみます!」
「そうだなあ。てか那月。お前早く仕事行かねーとまずいんじゃねーの?」
「そうでした!僕、がんばってきますねー!」
「おう!」
「ま、待ちなさい…はぁ、はぁっ」
『ぜぇ…っ、トキ、ヤ…!なんっで、そんな…っはぁ、必死なの!?』
この後、1人でいた翔くんに。
お前らまだやってんのか?
って言われるまで続いた。
(子供みたいに、鬼ごっこで)