春怪異譚
少女は夜に二度笑う



終わりない参道の中、私達は未だ、ぐるぐると同じ場所を回り続けていた。あれからもう、何時間経っただろうか。いや、もしかしたら、まだ何分、なのかもしれない。けれど、アナログ時計は狂ったように針が回っていて、デジタル時計はデタラメな数字を表示し、携帯は繋がらないというこの空間の中では、最早それを知るのは至極困難なことになっている。加えて、極度の緊張と疲労が重なり、四人全員が、口数が落ちてきていた。無理もない、何せ、先程からずっと、状況が変わらず、進展も後退もしない状況であって、いつ誰が癇癪を起こしても不思議ではない。月はずっと、変わらずに同じ位置に存在していて、そこから時間の進みは読み取れない。あるいは。ずっと、同じ時間のままなのか。そんな、恐怖でしかない考えが、振り払っても、脳裏に浮かんでくる。参道が駄目なら、と、脇に逸れて木々を踏み分けての脱出も図ったが、結局それも、元の参道に戻されるだけで、空振りに終わってしまった。無言で、先頭を進んでいた刹那君が、ふと立ち止まり、振り向いて私達を見やる。


「……これから、どうする?多分、何でかは解んねえけど、俺達はここに、閉じ込められてる…どっちに行っても、出られない状況だ。時間も、おかしい。…これ以上は、歩き続けても、多分、無駄だ」


刹那君が囁いた言葉に、全員が息を飲む。薄々感づいてはいても、こうして言葉にされるのとでは、やはり大きく異なる。改めて自分達の置かれた状況を理解し、無意識のうちに息を飲んだ。閉じ込められている、この空間に、それはつまりどういうことなのか。誰が、一体、何のために。考えたくはない問いだとしても、いつかは向き合わねばならない、逃げていては、何の解決にもならないからだ。そっと道の真ん中に、それぞれが腰を下ろし、一度身体を休める。これからどうするのか、どうしたらいいのか、何をするべきなのか、皆目見当がつかない。木の幹に背中を預け、腕を組んでいた刹那君が、再び唇を開く。


「……まず、状況を整理しよう」
「…うん、そうだね。えっと…まず、いないのは、和泉先輩。俺達は、この参道の部分から、出られない」
「時間は…めちゃくちゃ、携帯も繋がらない、月も動いてないわ」
「……多分、私達が、よく解らないけど、普段の世界とは別物の場所に、連れて来られた?のよね」
「…嗚呼、そうだな。現状はそんな感じか。じゃあ、次……ここは、どこだと、思う?」


その言葉に、再び、全員が押し黙った。ここは、一体、どこなのだろう。思わず周囲を見渡すも、様子が変わるわけもなく、相変わらず、嫌に凪いだ空気に漂う、暗い参道のままである。永遠とループする参道は、確かに知った神社の一部であるはずなのに、今ばかりは、全く別の場所に見えて仕方ない。抱え込んだ膝を抱きしめ、ぎゅっと身を縮こまらせる。怖い、怖くてたまらない。結局、不自然に鳴り響いていた祭囃子の音が何かも解らぬまま、またあの音が聞こえたら、と思うと、心臓が潰れそうになる。耳に残る鈴の音が、じわじわと平常心を殺していくようだった。そろ、と、顔を上げて、ずっと動かずに、沈黙している刹那君の顔を盗み見る。イタリアの血が入っているらしい、欧米人特有の肌の白さが、暗い夜と対比して、ぼんやりと青白く浮かび上がっていた。何となしに、刹那君の背後へと、視線を流す。地面に付いているらしい刹那君の、やっぱり青白い手だけが、暗闇の中に浮かんでいた。


「…先輩…心配してるかな…」
「……柚月嬢…」
「和泉先輩、何だかんだ言って、優しいから…突然、いなくなって、きっと困って、探して、くれてるよね。…帰らなきゃ、ね」
「……そうだな。何とかしねえと、な」


小さく、落とすように零された微笑みは、それでも確かに、いつもの刹那君の笑みだった。もう一回考えよう、と、琥珀君が少しだけ怯えの混ざった声を上げる。肝試しの時点で、あれだけ怖がっていたから、多分彼はこういったこと、怪奇現象や、心霊系は苦手なのだろう。それなのに、こうして、恐怖と戦っている。ここで、屈したら、駄目だと思った。このまま、目的も何も解らず、ただ閉じ込められているだけだなんて、そんなのは絶対に嫌だ。目が合った九条さんと、どちらからともなく、頷き合う。立ち上がって、再び空を見上げれば、相変わらず、位置の変わらない不気味に浮かぶ月が見える。何が解決されたわけでもないけれど、頑張ろう。そう思い、ふと皆の方へと視線を落としたところで。驚愕に染まる、刹那君の顔を見た。




「え…?」
「っ柚月嬢、後ろ……!!!」




裂けた唇、窪んだ瞳、滴る血潮、乱れた黒髪。
おおよそ生気のない顔。
女だと辛うじて認識出来る『それ』の、伸ばされた腕の冷たさを最後に、私の意識は、そこで途絶えた。


ちりん。
祭囃子の音が、誰もの耳元で酷薄に響く。


捕まえた、捕まえた。
女が嗤って、月が傾く。時刻はちょうど、午前三時。図ったように、誰もの時計が、三時を指した。




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