春怪異譚
怪異、異界、断絶。



暗い神社の中を、ゆっくりと歩いていく。折り重なった足音が、いやに鼓膜を揺らして響いていた。少しばかり湿って冷えた空気が、木々の隙間から流れ込んでくる。身体の芯を撫でていくような、そんな風だと、思った。暗さで足元がよく見えず、全員がゆっくりと足を下ろしながら、ふと後ろにいるだろう先輩へと声をかける。自分が無理矢理連れてきてしまったからか、元から少ない口数が、さらに減ってしまっている。一緒に肝試しをして、そうして、少しでもこちらを見て欲しかっただけなのに、物事は本当に、上手くってくれない。しまったなぁ、と思いながら、そっと唇を震わせた。


「…ごめんなさい、先輩。無理矢理付き合わせて、怒ってます、か……」


後に続くはずだった言葉を飲み込み、二の句が告げず、思わず、目を見開いた。なんで、嘘だ、どうして。身体が震えて、喉が渇いて、動けない。汗ばんだ肌が一気に冷えて、身体の体温が数度下がったような心地がした。意味のない声が、否、声にすらなかなかった吐息が落ちて、湿った空気に溶け落ちていく。振り返った際に、謀ったように凪いだ木々のことなんて、意識の外へ弾き出される。暗雲が月光を覆い隠す。頼りない懐中電灯の灯りだけを残して、頭上に影が落ちた。どうして、どうして、疑問ばかりが脳裏を巡る。それに答えてくれる人こそが、今ここにいないのだというのに。


「……せん、ぱい……?」


やっとの思いで吐き出した言葉は、いやに小さく、力なく震えていた。なんで、どうして、先輩が、いないの。私の声に、遅れて振り向いた三人が、和泉先輩の不在に気付いて、顔色を変える。おかしい、だって、さっきまで一緒に歩いていたのだ。それに、先輩は、こんなイタズラをする人ではないし、かといって、離れる前に何も言わないなんて、あり得ない。私達の周囲を取り巻く暗い闇が、途端に恐ろしく、得体の知れないものに見えた気がした。


「せっ、先輩…!!」
「うっそ、和泉ん先輩?マジでいねぇの?一本道だったよな!?」
「どうすんのよ…どうすんのよこれ!刹那、先輩が…!!」
「うわああああほんとに出たぁああああ!!」


一気に四人が叫び、階段の前で騒ぎ立てるも、先輩が戻ってくる様子は一向にない。それどころか、最初からその存在なんてなかったかのように、ひたすらに空間は静まり返っていた。戻ろう、と、普段より小さな、それでもしっかりとした声で、刹那君が呟く。高くも無く、低くも無い、絶妙なトーンのその声は、いつだって私達を安心させる音色だった。最後に、形だけでもお清めの真似事をするつもりで購入した塩を握り締め、一歩、踏み出す。懐中電灯を握り締めた九条さんが、ごくりと喉を鳴らして、震える手で、背後の道を照らし出した。


「……戻ろう、和泉ん先輩を、探さなきゃ」
「……っ、刹那…」
「あみ、大丈夫だ。…大丈夫、だ、絶対、見つかるから」


握り締めた塩の袋が、くしゃりと歪む。安心させるように、いつものように、柔らかく笑う刹那君は、いつだって私達の先を歩く。いつだって、彼はそうやって、私達を守ろうとしてくれる。真っ暗闇の中、九条さんが照らし出す懐中電灯の灯りだけを頼りに、私達は元来た道を戻り始めた。


「……っ、く、っそ…!」
「先輩…っ、先輩、どこに…」


案の定、とでも言うべきか。本堂に戻ったものの、相変わらず、そこの空気は凪いだままで、誰の気配もありはしない。当然、先輩の姿も、痕跡すらも、そこに認められはしなかった。ぎり、と、歯を食いしばった刹那君が、苛立ち紛れに手近な木の幹を殴りつける。木々を揺らして、少しだけ冷えた風が吹き抜けた。念の為、名前を呼んでも、やはり返答は返らない。くしゃり、と、綺麗な銀髪を掻き揚げた刹那君が再び顔を上げ、そうして、幾分か落ち着いたような表情で、何やらポケットを漁り、携帯で何かを確かめた後、険しい表情で、私達を呼んだ。


「……帰ろう」
「え…?」
「もしかしたら、何かの事件かもしれない、これ以上は危険だ」
「でも、先輩を置いてなんて…!」
「解ってる、柚月嬢。…けどな、これ以上被害を拡大させるわけにはいかねえ。かといって、お前らがそれで納得しねえのは解ってる。だから…三人は、先に戻ってくれ」
「ちょ、待ちなさいよ刹那!それじゃアンタが…」
「俺は平気だ、大丈夫。…だから、お前ら、警察を呼んで来い。此処は圏外で、携帯が繋がらないからな。で、警察が来たら、バトンタッチして、俺も帰る、それならいいだろ?」


刹那君は、怖いくらいに冷静だ。こんな状況下でありながら、恐らく最も適切であろう指示を出してくれる。ただ、それに納得がいくかどうかは、また別の話だ。だから、刹那君が妥協案を出してくれているのだと解っていても、本当に何かが起こっていた場合、刹那君だけを残していくわけにはいかない。かといって、先輩を置いていくことにも、完全に私的感情であると解っていながら、出来ない。こうしている間にも、もし先輩に何かあったらと、そう考えるだけで、気が気じゃなく、気持ちばかりが急いてしまう。どうすればいいのか、何が最善なのか、混乱した頭は何も導き出してはくれない。


「刹那、あたしも残るわ」
「は?馬鹿!あみ、お前は仮にも女の子なんだから、危ねえっての…!」
「この中では、少なくとも、相手が人間なら、あたしが一番役に立つわよ!!ってか、仮にもって何!?」
「…人間、じゃなかった、ら…?」
「う…!南雲さん、脅さないでよ!ゆ、ゆ、幽霊なんて、い、居るわけ、ないじゃない…!」


結局、誰も彼もが、自分が残ると言い出して、さらに収集が付かなくなってしまう。わいわいと言い争っている間に、困ったような顔をした刹那君が、ストップ!と叫んで、思いきり手を叩いた。突然の破裂音に、全員が身体を震わせ、一旦言い争いが止まる。


「解った、解りました!じゃあ二人ずつに別れよう、それならいいだろ?俺と柚月嬢が、このまま和泉ん先輩の捜索を続ける。あみと琥珀は、急いで警察を呼んでくれ。」



男女はばらけた方がいい、という彼の意見に基づいたメンバー分けに、全員が渋々ながらに頷く。塩と懐中電灯は、捜索を続ける私達が引き取ることに関して、全員に異論はない。何かあったら、とにかくすぐに逃げろと繰り返す、心配そうな九条さんと琥珀君に、大丈夫だよと笑って、そうして、出口を目指す二人の背を見送った。二人の足元で、影が揺れる。小さなことに敏感になってしまう自分自身を、胸中で思いきり叱咤した。怖がるばかりでは、何も進まない。大丈夫、すぐに見つかるさと笑いかけてくれる刹那君に、小さく笑って、私達は再び、先輩の捜索を開始した。




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