春怪異譚
月蝕む神無しの神社



午後九時前。約束の神社を目指し、僕は一人で、普段も通る通学路を闊歩する。今日の夜は、何だか妙に凪いでいて、そうして妙に、静かだった。さあと流れる風が頬を撫でる。曇りというわけでもないが、全くないわけでもない、微妙な量の雲が月を覆い隠していて、街灯だけを頼りに、道を進んでいく。

ところで、彼らが肝試しの場所として選んだ神社というのは、僕らの間では、「大きい方の神社」と呼んでいる。別段、深い意味があるわけではなく、ここ水無月町には、二つの神社があり、普段街中にあるのが、小さい方の神社。そうして、町外れにある、山と隣接した大き目の神社を、大きい方の神社と呼んでいるだけだ。小さい方の神社には、確か天神様の一種である、普通の神を祀ってあるらしいと記録があるが、大きい方の神社は、何だか記録が曖昧で、どうも昔の人の魂を鎮めるために建てられたものらしいということだけしか解らない。まあ、その辺りの真偽は確かめたことがないので、謎の儘である。

普通、肝試しに使うと言えば、こちらの大きい方の神社を使うのが定番だ。先に述べたように、大きい方の神社は、町外れに所在し、加えて、裏山と隣接しており、神主一家は、夜は自宅に帰ってしまい、誰もいない。このシーズンになると、多くの若者が集うのは、もう仕方のない状況だ。大人達も半ば諦めており、今のところ、目立った事件は起こっていないので、見逃されている。住宅街を抜け、春には満開になる桜並木の公園を過ぎれば、目的地はすぐそこだ。


「あっ、せんぱーい!待ってました!」
「…南雲。他のメンバーは?」
「刹那君と琥珀君は、コンビニで塩を買いに行ってます。九条さんは、まだ来てないですね」
「……そう」


ほどなくして、メンバーが集まった。コンビニから帰ってきた二人に引き摺られるようにして、九条が連行されてくる。嫌だーー!と叫んでいるが、にこにこと黒い笑みを浮かべた皇に、がっしりと身体を押さえつけられているらしかった。あいつ、遂に開き直って、道連れにしようとしている。



「あ、和泉んセンパーイ!よし、メンバー集合。じゃあ、行くか!」
「うう…怖い…」
「ひっく、ぐす…アンタ達、覚えてなさいよね…ぐす、憑りつかれたら、末代まで祟ってやるんだから…!」
「く、九条さん…そんなに怖いの…?」
「う、ひっく…逆になんで、南雲さんは怖くないのよ…っ!!」
「え、あ、うーん…あはは、どうだろう?けっこう、怖いんだけどなー…」



黒く、ぽっかりと口を開けた、鳥居の真ん中。神社は神域だとも言うが、生憎とここは神を祀ったわけではない、何かの魂を鎮めた、神社というよりは慰霊地だ。何かの守護もない、暗い空間。そこへと僕らは、足を踏み入れる。木々が多いせいか、少しばかり冷えた空気が肌に伝わって、思わず顔を上げた。怖い、とか、そういう感情の前に、僕には知識欲が来る。今更だか、認識をした途端、唐突に知りたくなったのだ。多少怪異に詳しくとも、僕はここに、何が祀られているのかを知らない。だから、知りたい。識りたい。



「うう…さすがに、夜は雰囲気がありますね、先輩…」
「まあ、夜だからね」
「何だよ柚月嬢、ビビッてんのか?あみも琥珀も、まだ入り口だってーのに…」
「だ、か、ら!あたしは最初っから怖いっつってんでしょ!」
「お、俺も…さすがに夜の神社は…」
「和泉ん先輩は、なんてーかさすが、全く狼狽えないっすねえ…」
「別に、ただ歩くだけで、怖くない」



高校生らしく、わいわい…というより、さらに騒がしく、叫んだり笑ったり泣きべそをかいたりしながら、五人は夜の参道を進んでいく。しばらく歩けば、神社の中を流れる小さ目の川のせせらぎが聞こえてきた。そこに、年季の入った、石畳の橋がかかっている。橋の奥に続く森が、いかにも不気味だった。森の奥から、先日から見続けている女が覗いているような、そんな気さえする。背後に動向の開いた目があったら、笑う女の口があったなら。…なんて、そんなことさえも考える。まぁ、考えるだけだが。案の定怯える面々を半ば無視して、平気な僕と遠野が、先を歩く。


「…当たり前だけど、なーんも出ないっすねえ」
「……」
「まぁガチで出たら、それもそれで困るんすけどね。ちょっとした何かは、あって欲しいなぁー、みたいな?」


けらけらと笑う遠野は、本当に怖くなさそうだ。淀んだ暗雲が、先ほどまで出ていた月を、少しずつ覆い隠す。橋を渡って、目の前に現れた階段を登れば、後は目的地の本堂だ。神社自体は広いが、本堂を目指すだけなら、そこまでの距離ではない。裏山まで登る馬鹿もいたらしいが、そいつらには総じて捜索願が出ている。やはり、碌にお参りもしない人間が、夜中に行く場所ではない。いつも騒いでいる遠野も、その辺りの常識はあったらしく、少しだけ安堵のため息を吐いた。重厚に佇む本堂。さざめく風が木々を揺らし、木製のそれを軋ませる。


「……おー、雰囲気あるぅ」
「も、もういいでしょ!早く帰りましょ!!」
「なんか俺…そろそろ怖さもどっか行ったかも…」


ぐるっと一周回ろうぜ!と笑った遠野が、九条の腕を引き、本堂の方へと小走りで駆ける。慌てて追いかける皇の後ろを、南雲と僕がゆっくりと歩く。怖い怖いと言いながら、半分ほど来た時点で見間違いの恐怖体験さえなく、全員、何となしに楽しんでいるのは明白だ。現に、腕を引かれる九条は、わーきゃーと騒ぎながらも、本気で抵抗している様子はない。ぐるりと回って本堂を越え、来た道に再び向き直れば、先と同じ、明るい遠野の声が夜を揺らす。


「…はー、結局何も無かったなー」
「当たり前でしょ!!幽霊なんていない、いないったらいない!」
「あ、もうこんな時間…」
「あ!先輩、日付けが変わる前には、帰るんですよね!…本堂まで来たし、帰りましょうか」
「そーだな、これ以上行ったら裏山行っちまうしなー…じゃ、帰ろうぜー」


来たときと同じ、騒がしく賑やかな空間。ぽっかり空いた暗闇へと、再び足を踏み出した。照らし出す懐中電灯の灯りが、ぼんやりと地面を照らし出す。





りぃん。






「……?」
「ん?どーした、柚月嬢」
「今、なんだか鈴の音が……あ、ううん、何でもない!行こっか!」
「……?」





凪いだ風が生温い。木々の隙間から僕らを見やる目が、血潮の滴る女の顔が、ゆうらり、笑った。
微かな気配に振り返った僕の後ろ、足元に真白い腕が生える。手招くように揺れて、そうして、ゆっくりと本体が這いずり出る。


「………何か…いる……っ、!?」


ぴり、と、肌を刺す禍々しい邪気。慌てて振り返れば、眼前の光景に、思わず喉をひくつかせた。僅かな距離、手を伸ばせば届くような位置で、佇むセーラー服の女、裂けた唇が歪に笑う。まずい。まずい、まずい、まずい!


「待っ……遠野!」


引きつった声で叫ぶも、僅かな瞬間、目を離した女が、僕へと腕を伸ばし、物凄い力で首を締め付ける。おおよそ女の、否、最早人間ですらない恐ろしいまでの力で、首を締め上げる。酸素が途切れ、思わず開いた口へと、女から滴る血潮が落ちる。視界の端で、僕の声に気づけなかったのか、四人が変わらず騒ぎながら、歩いていく姿が見えた。駄目だ、空間が切り離されてしまっている、僕の声は届かない。


「っ……こ、の……」
「うふふ…ふふ……みぃつけた、みぃつけた、あなたを食べるのよ、あなたも食べて、そう、食べ、て……うふふふふふふふふふふふ…うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」




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