クレープ半分こ





昼下がりの雑踏は普段にも増して足音が五月蝿い。人混みを掻き分けて歩くのは常ならば煩わしいはずなのに、指先にある温もり一つで、どうしてこれほどに違った心境をよびさまされるのだろう。大きな手のひらに包まれて腕を引かれながら交差点を渡って、お腹空いたね、何か食べようか、なんて他愛ない会話をただ交わす。駅前の広場を通りかかった辺りで、ふ、と、不意に会話が途切れ、カインの視線が一点に集中する。


「……?」
「…あれは、何?」
「?あれ?……クレープ、」
「クレープ…?」


特に何の変哲もない、広場の光景だ。親子連れやカップルが多く集い、柔らかな語らいの声が響き合う。噴水の近くの移動式屋台は日替わりで、今日はどうやらクレープらしい。昨日は確かケバブだった。何だろうと思ったが、嗚呼、そうか。梨花にとっては見慣れた光景だが、恐らく今より過去、それも異世界から来たカインにとっては、全てが見慣れない景色のはずだ。当然、クレープでさえ未知のものだろう。


「薄い、パンケーキみたいな生地に、生クリームとか、フルーツを、入れる…お菓子…デザート?」
「……??」
「……、…食べる?」



どうも、説明は上手く伝わらなかったらしい。ならばもう、百聞は一見に如かずだと、彼の手を引き、列の最後尾へと並ぶ。その列の中でさえ、頭一つどころか二つほど物理的に飛び抜けている様に内心で笑いながら、大人しく順番を待つ。その間、カインは車で売られる様が珍しいのか、買い終わり、列から離脱する人間を視線で追っている。手に持つ乳白色のそれに、緩やかに瞳を見開いて、あれ?と、軽く屈んで梨花に問いかける。うん、と、頷いた梨花が、進んだ列を追いかけ、ようやく見えるようになったメニューを指差して、これ、と、上を向いて返した。


「どれがいい?」
「……、ごめん、違いがわからないかな」
「予想はしてた。じゃあ、私の好きなのにする」


どれ、と、問われても、カインにはメニューに並ぶ種類の違いがわからない。かろうじて、イチゴクレープはイチゴが入っていて、フルーツ何とかにはフルーツが入っているのだろうとの予想はついたが、他は完全に呪文のようだった。これは何だろうと文字を追っている間に、梨花が注文を済ませる。甘いものが苦手とは聞いていないが、念のために一つにした。万一彼が駄目だった場合、二つも一人では食べられない、否、食べられることには食べられるが、美容的に食べたくない。まぁ最初だし、と、スタンダードかつ、彼もイチゴとチョコはそれぞれ食べたことがあったはずだと、イチゴチョコのクレープを頼み、しばらくして代金と引き換えにそれを受け取れば、そのまま人混みから離れ、ちょうどカップルが去った後のベンチへと腰掛ける。


「はい、」
「え…」
「クレープ。…そのまま、囓って、食べるの」


はい、と、きょとんとするカインの口元へ、買ったばかりのクレープを差し出す。あーん、と、淡々とした声音で効果音も付けてみる。いいの、と、言う彼に小さく頷けば、若干恐る恐るというように口を開き、そっとクレープを口にする。唇に付いた生クリームを親指で拭いつつ、咀嚼すれば、咥内に独特の甘味が広がった。甘い。甘い、けれど、不快な甘さではない。イチゴの酸味とチョコの甘み、それから生クリームの甘さが絶妙に絡み合って、普段口にするものとはまた違った感じがするけれど、そう、美味しい。


「……美味しい?」
「うん、美味しい」
「そっか、よかった」


ふふ、と、笑って、梨花もクレープを口にする。普段と変わらない味のはずなのに、どうしてか、少し、甘さが増しているような気がした。
もくもくと生地を齧っていれば、ふ、と、顔に影が掛かる。咥えたまま視線を上げれば、どうやら存外にクレープを気に入ったらしいカインが、反対側へと噛み付いていた。口を離すタイミングで、一瞬、同時に食べていたと気付き、瞳を丸くするも、カインは特に気にした様子もなく、ぺろりとクリームを舐めている。自分だけが気にしているのが、何と無く、妙に悔しくて、無言で身体を寄せ、空いていた距離を隙間無く埋めた。二人で食べればあっという間に無くなってしまうクレープに少し名残惜しくて、けれどさらに増えた行列に再び並ぶのはどうも面倒で、結局しばらく他愛ない話を交わしてから、ゆっくりと腰を上げる。当然のように差し伸ばされた手を取れば、エスコートでもするように自然に腕を引かれ、緩やかな足取りで広場から歩き去る。

次は何を食べようか。なんて、二人とも同じことを考えているのは、知らないままに。






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