ジャ由季、カイリン前提で梨花と由季ちゃん
夜月さんに捧ぐ!
ジャックさんとクリスマスを過ごしたいです、というささやかな願い事を、まるで至高のプレゼントをねだるような面もちで小さく漏らしたこの少女のことを、梨花はただ瞳をぱちくりとさせて見下ろした。ぺこりと律儀に下げられた頭からさらさらとした黒髪が流れて、赤みがかった頬へと滑る。少女、白井由季と、この屋敷に住むジャック・ヴィンチェンツォが恋人同士なのは知っていた。しかし、梨花が時折見かける光景は、ジャックが由季の頭を撫でていたり、転んだ由季を慌てて心配していたり、と、どちらかと言えば恋人というより、兄妹に近い感覚で、しかし二人はそういうものなのだろうと、そう自分の中で片していた。だからなのかもしれない。彼女が、頬を染め、確かな女の顔をして自分を頼ってきたときに、妙な違和感を覚えたのは。
「……どういう、風に?」
「え、えっと…クリスマスケーキ、食べて…出来たらプレゼントも渡したいな、って…」
「……そう」
クリスマスケーキを食べて、プレゼントを渡す。それだけのことでも、彼女にとっては、それだけ、ではないのだろう。それも、プレゼントを「交換」する、ではない。「渡す」、だ。なんでもないことのように思えるが、自分に自信がなく、決して自分の意思がないわけではないが、己の欲を最優先することを得意としない、そんな少女が、口に出して望んだ、確かな願望でもある。由季とはある意味対照的に、梨花が自分に忠実だ。自分に自信があるを通り越して自信しかなく、まずは自分が優先といっても過言ではない梨花にとって、由季は決して自分にはない品格がある、しとやかな女性であると思っている。確かに由季の容姿は平凡だ。しかし、平凡であるということは、決して劣ってはいないということでもある。実際、彼女が喜んで、心底嬉しそうに微笑む表情は、見ている者の気持ちをあたたかにする、とても清いものだと梨花は思っていた。はつと瞬いた表情のまま、梨花が由季に向き直る。何も言わない梨花に、恐る恐る視線だけを持ち上げ、伺うように覗き込んだ由季の瞳とじっと見つめて、完璧に手入れを施された梨花の指先が、ぴっと額に突き付けられた。
「背筋を伸ばして」
「え?」
「背筋を、伸ばすの。前を見て。」
「??」
言われた通り、背中を意図的にぴんとする由季の背後に回って、背骨はこう、と、ぐにぐにと身体を動かす。大人しく指示に従い、姿勢を正す由季の顔を少し動かし、ちょうどジャックの顔があるだろうと場所へと視線を向けさせた。よし、と、満足そうに頷いた梨花が一度由季から離れ、再び正面へと向き合えば、再度頷いて、そして小さく微笑んだ。
「貴方、とても、綺麗よ」
前を向いて、背筋を伸ばした由季は、普段の俯きがちな印象とはがらりと変わり、今までの彼女しか知らぬジャックが見れば、思わず二度目してしまうだろうほどには、ぐっと存在感が増している。うつくしい姿勢は、それだけで人の魅力を高める。特別な言葉も、慣れぬ化粧も、飾りたてたお膳立ても、きっと彼女には必要ない。きっとそれでは、彼女の魅力を潰してしまう。クリスマスの誘い方も、女としての魅力の魅せ方も、梨花と由季ではそもそもの土台が違い過ぎて、梨花のやり方を由季が真似しても、それは偽物になってしまうだけだ。それはまた逆もしかりで、由季のやり方を梨花が真似ても、きっとどうにもならない。だから梨花は、姿勢だけを正した。
「その姿勢を、忘れないで。クリスマスの予定を聞くのも、普段の貴方のやり方でいいわ。でも今回は、しっかり、前を見て、彼を見て…頑張って」
「う、うん…!」
こくりと不安気に頷いた由季が、部屋の鏡で、何度も自分の姿を確認する。背中を伸ばし、視線を持ち上げ、俯きそうな身体を必死にとどめて、それでもしっかり、梨花の教えた姿勢を保っていた。いってくるね、と、少しだけ震えた声で告げ、扉を開け、真っ直ぐな背中で駈け出していった由季の成功を祈り、とりあえず梨花は、きっとクリスマスでも仕事に潰されているのだろう彼と、デートだなんて高望みはしないから、せめて二人でキャンドルを灯して、ケーキだけでも食べられたらいいなぁ、と、彼に貰った硬貨を握り締めて、雪花のちらつく街へと足を踏み出した。
後日、まさかのデートの誘いを彼から受け、無表情の中にしっかりと喜色を滲ませて街を共に歩いているところに、同じく誘いに成功したらしいジャックと由季が白い息を弾ませているのに出くわすだなんて、誰も知らない偶然である。