記憶喪失カイリン







目が覚めて、嗚呼朝だなと思った。それ以外は何もわからなかった。ただベッドに寝転がっているのも何なので、ゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りて服を着替え、部屋を出た。見知らぬ部屋なのに、何故か知っている気がした。身体が勝手知ったるように自然に動いていく。ドアを開けて廊下に出れば、冬場特有の切り裂くような冷気が身体を襲って、嗚呼、冬だなと思った。冬の、朝だ。それ以外は何もわからなかった。今日は一体何日だろう。指先から徐々に体温が溶け落ちて、廊下に転々と染みを作っていく。それが何だか自分の足跡のように見えて、カインはそっと振り返る。誰もいない、何の変哲もない、ただの廊下だ。知らないはずなのに、何故か知っていた。

広間に入ると暖炉に炎が灯っていた。ほとんど温もりを無くした身体はその温もりを求めるように、当たり前のように暖炉の前の椅子へと歩みを進める。ぱちぱちと燃え盛る炎の近くへと辿り着けば、重厚な佇まいを見せる大きな椅子に、一人の少女が座っていることに気付いた。

「おはよう、伯爵」
「おはよう」

彼女のことはわからなかった。ただ、綺麗な少女だと思った。当たり前のように彼女が言うおはように、当たり前のようにおはようと返す。その会話が当然のようで、そうしなければいけない気がしたから、カインは少女の前の椅子に座って、ただ黙って暖炉を見つめていた。少女は何も喋らなかった。やっぱり彼女が誰かはわからなかった。

それからカインは少女の傍で微睡んで、メイドの運んできた紅茶を飲んで、ケーキを食べて、やっぱり暖炉を見つめていた。日が暮れる頃には、少女はカインの脚の間に座って、静かに背中を預けていた。それが当たり前のようで、当然のようだったから、カインは何も言わなかった。その日の夜、カインは少女の手を取って、あまり表情の変わらない端整な面立ちを覗き込み、そっと、最低限聞こえるだけの声音で囁いた。


「君のことが好きなんだ」
「私もよ、伯爵」


少女は初めて笑った。その日、カインは確かに幸せだった。また明日、と、囁いて、カインと少女は廊下で別れる。そういえば、彼女の名前は何だろう。どうしてここにいるのだろう。嗚呼、その前に。自分は一体、誰だろう。ベッドに入って、天井を見上げて、そうして考えた。答えは何も出なかった。頭の中が霧がかったように朧で、何も思考が浮かびそうにない。明日、まずは彼女の名前を聞こうと思って、カインはそのまま眠りについた。冬の穏やかな、雪降る夜のことだった。









目が覚めて、嗚呼朝だなと思った。それ以外は何もわからなかった。ただベッドに寝転がっているのも何なので、ゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りて服を着替え、部屋を出た。見知らぬ部屋なのに、何故か知っている気がした。身体が勝手知ったるように自然に動いていく。ドアを開けて廊下に出れば、冬場特有の切り裂くような冷気が身体を襲って、嗚呼、冬だなと思った。冬の、朝だ。それ以外は何もわからなかった。今日は一体何日だろう。指先から徐々に体温が溶け落ちて、廊下に転々と染みを作っていく。それが何だか自分の足跡のように見えて、カインはそっと振り返る。誰もいない、何の変哲もない、ただの廊下だ。知らないはずなのに、何故か知っていた。

広間に入ると暖炉に炎が灯っていた。ほとんど温もりを無くした身体はその温もりを求めるように、当たり前のように暖炉の前の椅子へと歩みを進める。ぱちぱちと燃え盛る炎の近くへと辿り着けば、重厚な佇まいを見せる大きな椅子に、一人の少女が座っていることに気付いた。

「おはよう、伯爵」
「おはよう」

彼女のことはわからなかった。ただ、綺麗な少女だと思った。当たり前のように彼女が言うおはように、当たり前のようにおはようと返す。その会話が当然のようで、そうしなければいけない気がしたから、カインは少女の前の椅子に座って、ただ黙って暖炉を見つめていた。少女は何も喋らなかった。やっぱり彼女が誰かはわからなかった。

それからカインは少女の傍で微睡んで、メイドの運んできた紅茶を飲んで、ケーキを食べて、やっぱり暖炉を見つめていた。日が暮れる頃には、少女はカインの脚の間に座って、静かに背中を預けていた。それが当たり前のようで、当然のようだったから、カインは何も言わなかった。その日の夜、カインは少女の手を取って、あまり表情の変わらない端整な面立ちを覗き込み、そっと、最低限聞こえるだけの声音で囁いた。


「君のことが好きなんだ」
「私もよ、伯爵」


少女は初めて笑った。その日、カインは確かに幸せだった。また明日、と、囁いて、カインと少女は廊下で別れる。そういえば、彼女の名前は何だろう。どうしてここにいるのだろう。嗚呼、その前に。自分は一体、誰だろう。ベッドに入って、天井を見上げて、そうして考えた。答えは何も出なかった。頭の中が霧がかったように朧で、何も思考が浮かびそうにない。明日、まずは彼女の名前を聞こうと思って、カインはそのまま眠りについた。冬の穏やかな、雪降る夜のことだった。









目が覚めて、嗚呼朝だなと思った。それ以外は何もわからなかった。ただベッドに寝転がっているのも何なので、ゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りて服を着替え、部屋を出た。見知らぬ部屋なのに、何故か知っている気がした。身体が勝手知ったるように自然に動いていく。ドアを開けて廊下に出れば、冬場特有の切り裂くような冷気が身体を襲って、嗚呼、冬だなと思った。冬の、朝だ。それ以外は何もわからなかった。今日は一体何日だろう。指先から徐々に体温が溶け落ちて、廊下に転々と染みを作っていく。それが何だか自分の足跡のように見えて、カインはそっと振り返る。誰もいない、何の変哲もない、ただの廊下だ。知らないはずなのに、何故か知っていた。

広間に入ると暖炉に炎が灯っていた。ほとんど温もりを無くした身体はその温もりを求めるように、当たり前のように暖炉の前の椅子へと歩みを進める。ぱちぱちと燃え盛る炎の近くへと辿り着けば、重厚な佇まいを見せる大きな椅子に、一人の少女が座っていることに気付いた。

「おはよう、伯爵」
「おはよう」

彼女のことはわからなかった。ただ、綺麗な少女だと思った。当たり前のように彼女が言うおはように、当たり前のようにおはようと返す。その会話が当然のようで、そうしなければいけない気がしたから、カインは少女の前の椅子に座って、ただ黙って暖炉を見つめていた。少女は何も喋らなかった。やっぱり彼女が誰かはわからなかった。

それからカインは少女の傍で微睡んで、メイドの運んできた紅茶を飲んで、ケーキを食べて、やっぱり暖炉を見つめていた。日が暮れる頃には、少女はカインの脚の間に座って、静かに背中を預けていた。それが当たり前のようで、当然のようだったから、カインは何も言わなかった。その日の夜、カインは少女の手を取って、あまり表情の変わらない端整な面立ちを覗き込み、そっと、最低限聞こえるだけの声音で囁いた。


「君のことが好きなんだ」
「私もよ、伯爵」


少女は初めて笑った。その日、カインは確かに幸せだった。また明日、と、囁いて、カインと少女は廊下で別れる。そういえば、彼女の名前は何だろう。どうしてここにいるのだろう。嗚呼、その前に。自分は一体、誰だろう。ベッドに入って、天井を見上げて、そうして考えた。答えは何も出なかった。頭の中が霧がかったように朧で、何も思考が浮かびそうにない。明日、まずは彼女の名前を聞こうと思って、カインはそのまま眠りについた。冬の穏やかな、雪降る夜のことだった。









目が覚めて、嗚呼朝だなと思った。それ以外は何もわからなかった。ただベッドに寝転がっているのも何なので、ゆっくりと身体を起こし、ベッドから降りて服を着替え、部屋を出た。見知らぬ部屋なのに、何故か知っている気がした。身体が勝手知ったるように自然に動いていく。ドアを開けて廊下に出れば、冬場特有の切り裂くような冷気が身体を襲って、嗚呼、冬だなと思った。冬の、朝だ。それ以外は何もわからなかった。今日は一体何日だろう。指先から徐々に体温が溶け落ちて、廊下に転々と染みを作っていく。それが何だか自分の足跡のように見えて、カインはそっと振り返る。誰もいない、何の変哲もない、ただの廊下だ。知らないはずなのに、何故か知っていた。

広間に入ると暖炉に炎が灯っていた。ほとんど温もりを無くした身体はその温もりを求めるように、当たり前のように暖炉の前の椅子へと歩みを進める。ぱちぱちと燃え盛る炎の近くへと辿り着けば、重厚な佇まいを見せる大きな椅子に、一人の少女が座っていることに気付いた。

「おはよう、伯爵」
「おはよう」

彼女のことはわからなかった。ただ、綺麗な少女だと思った。当たり前のように彼女が言うおはように、当たり前のようにおはようと返す。その会話が当然のようで、そうしなければいけない気がしたから、カインは少女の前の椅子に座って、ただ黙って暖炉を見つめていた。少女は何も喋らなかった。やっぱり彼女が誰かはわからなかった。

それからカインは少女の傍で微睡んで、メイドの運んできた紅茶を飲んで、ケーキを食べて、やっぱり暖炉を見つめていた。日が暮れる頃には、少女はカインの脚の間に座って、静かに背中を預けていた。それが当たり前のようで、当然のようだったから、カインは何も言わなかった。その日の夜、カインは少女の手を取って、あまり表情の変わらない端整な面立ちを覗き込み、そっと、最低限聞こえるだけの声音で囁いた。


「君のことが好きなんだ」
「私もよ、伯爵」


少女は初めて笑った。その日、カインは確かに幸せだった。また明日、と、囁いて、カインと少女は廊下で別れる。そういえば、彼女の名前は何だろう。どうしてここにいるのだろう。嗚呼、その前に。自分は一体、誰だろう。ベッドに入って、天井を見上げて、そうして考えた。答えは何も出なかった。頭の中が霧がかったように朧で、何も思考が浮かびそうにない。明日、まずは彼女の名前を聞こうと思って、カインはそのまま眠りについた。冬の穏やかな、雪降る夜のことだった。














え?
嗚呼、はい、伯爵のことですか?
どうしたも何も、見ての通りですね。毎日毎日、あの調子ですよ、ずっとずっと繰り返してるんです、同じことを、同じ動作を、言う為れば、同じ日を。
まぁ別に、ずっとずっと同じというわけでもないですけれどね。

嗚呼、はい、今は、伯爵が彼女に告白をした日を繰り返してますけど、前は恋人だったことは覚えていたみたいで、一か月ほど前までは、指輪を贈った日を繰り返していましたね。
見て下さい、この大量の指輪を。数ヵ月、同じことばかり繰り返すものですから、百個近く同じ指輪が溜まってしまって、それはもう、我々使用人一同、置き場に困ったものです。

その前は森での逢瀬を、その前は一日中ベッドの中で、その前は庭でのお茶会を。ずっと、ずっと、繰り返しています。
彼女ですか?彼女にも記憶はありませんよ、伯爵と同じように、一日単位でリセットされているようですね。それが自然なのか何かの手段なのか、無意識なのか意識的なのか、それはわかりませんけど、伯爵の記憶が途切れるようになってしばらくしてから、こんな状態が続いていますね。

え?気味悪くないのかって?
ははは、何を御冗談を。
よく見て下さいな、あの二人を。記憶がないんです、自分のことも相手のことも、何も覚えていないんです。それでも、毎日毎日、同じ相手に恋してるんです。

それって、とびきりの純愛じゃありませんこと?







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