若干ギャグちっく、糖度増し





ずらりとベッドに並べられた、ドレス、装飾品、ハイヒール、口紅。どれもこれも、一目で高級品とわかるそれらに、梨花が無表情の中でも機嫌よさそうに、次から次へと包装された箱を開けていく。それらを、おそらく、高級品、いまいち、気に入り、くらいに分けているのだろう適当な山が出来上がっていて、その様子を眺めるカインは少しばかり引き攣った笑みで、そっと梨花の背後へと歩み寄る。今まさに開けられた箱から出てきた、煌びやかなネックレスに、見てわかるほど周囲に花を飛ばす梨花に、僅かに硬い声で問いを落とした。否、問いの形ではあれど、返答は解っている。この少女は、女性はともかく、男の気を引くのがとても上手い少女だったからだ。


「…これ、どうしたの?」
「戦利品」


間髪入れずに返された返答に苦笑が深まる。贈り物、とか、せめて貢ぎ物、だなんて言葉が返るだろうと思っていたのだが、まさかの戦利品。全くもって、彼女に貢いでいるだろう男の存在を無視した言い草に、しかし少しだけ呼吸が緩んだ。無造作に放られた、貢ぎ物改め戦利品の扱いに、彼女がいかに貢がれ慣れているかがよく解る。夜会ではまだ珍しい、東洋の美少女という要素も相まって、こぞって彼女を口説く若い貴族が絶えないのだ。無論、中には本気の人間もいるだろうが、大半は物珍しさと美貌に眩んだ火遊び気分の男で、梨花がまたそれを聡く見抜いて適度にあしらうものだから、ゲームにも似た駆け引きがあちこちで始まる。口説きに貢ぎ物が混じるのはよくあることで、物で私は釣れないわよ、なんて含み笑いをする彼女にとって、貢がれるのは当然のことなのだろう。夜会で噂の遊び人が相手取るには、なんら遜色ない相手だ。端整な美貌を誇り、穏やかさと年相応の余裕、そして動作の節々に気品の滲む、ヴィンチェンツォ伯爵が連れ歩き、多数の男が夢中になって口説く身分不明の東洋人。残念ながら、そんな少女は、夜会の華であるご婦人方には鼻つまみ者にされてしまったわけである。しかし、梨花はめげなかった。そもそも、ただの女子高生だったときから、梨花は女子に嫌われるのに慣れっこだったのである。今さら自分を嫌う女性が増えたところで、痛くも痒くもなかった。夜会に漂う空気に気づいたカインは当初、少しばかり懸念を滲ませて梨花を見ていたのだが、今ではもう、ご婦人方に目もくれてないなぁ、言い寄る男あしらいに忙しそうだなぁ、との感想しかない。そこに感嘆以外の感情がどれだけ孕まれているかなんてことはカインにとって絶対に見抜かれたくない内面で、今のところは梨花を含め誰にもそれを気付かれてはいない。ごく稀に、ぽつりと落とすように、言葉に僅かに滲む嫉妬の感情がいつか梨花どころかカイン自身さえも飲み込んでしまいそうで、考えるたびに薄ら寒い心地がした。そんな胸中など露知らず、散らばる貢ぎ物に視線を巡らせ、黙っているカインへと向き直った梨花が、淡々とした表情を崩さずに、嫌にはっきりとした口調で言い切る。


「伯爵、夜会は戦地よ」
「……」


どうしよう、恋人が逞しい。彼女には、貢ぐ男が敵兵にでも見えているのだろうか。ロマンスの欠片もない、嗚呼いや、違う、突っ込むべきはそこじゃない。思わず飛びかけた思考を手繰り寄せ、現実逃避しかけた頭を無理矢理に戻す。戦地に、突っ込むことは諦めた。この時のカインの心境を敢えて述べるとしたら、疲れていた、が適切だろうか。もしくは、気を抜いていた、でも構わない。とにかく、この日この時のカインは、一旦書類の区切りがついていて、食事を済ませ、半ば強制的に休養しろと言われ、とりあえず眠ろうかと、シャワーを浴びた後だった。完全にプライベートで、気を張るなんてことを、全くといっていいほど、していなかった。だからだろう、ぽつりと、今まで完璧に自制し、見せていなかった嫉妬の鱗片を、無意識に口から零していた。


「…私以外の男の贈り物に喜ぶ君は、少し憎たらしいな、なんて」
「……!」


は、と、自分が落とした言葉を、カインが認識する前に、ぽふん、と、気の抜けた音がした。ぺたりとシーツに座り込んでいたはずの梨花が、枕に顔を押し付けてカインから顔を完全に隠している。一瞬、きょとんとしたカインだが、視線を落とせば隠し切れていない耳元が赤く染まっているのが見え、嗚呼なんだ照れているのかと思い、え、と再び確認し直した。梨花が、照れている。今まで、何を言っても、何をしても、全くないというわけではないが、ここまで明確に彼女が照れているのは見たことがなかった。顔を隠しているということは、きっと、見えている耳元以上に、顔は真っ赤になっているのだろう。石像のように、微動だにしない体勢のままで、一体何分経ったのだろうか。


「……わかった、換金するわ」
「え、換金?え?」
「それで、貴方にネクタイでも買ってくるわ。待ってて伯爵」
「え、待って梨花待って」



何かが違う、だいぶ違う。もそりと石像、いや、梨花が動き、上げられた顔はあれほど時間が経っても未だ、見てわかるほどに赤く、初めて見る少女らしい年相応の表情に、告げられた言葉の理解が追いついていない。遅れて零れた待ってという言葉と入れ違いにベッドから降り、散らばっていた様々の貢ぎ物を適当に引っ掴み、とてとてと歩いていく梨花の腰を掴んで慌てて抱きとめる。身長差故に、捕獲されたような体勢のまま、足をぷらぷらとさせながら、持っていたドレスやネックレスを取り落とし、梨花が顔を押さえた。


「……ずるい、」


か細い声に孕む、恋情、歓喜、照れ隠し。込められた感情を残さず掬い上げれば、先程まで胸中に居座っていた、凶器にも似た感情はすっかりなりを潜め、カインの胸元で大人しく微睡んでいる。機嫌よさそうに贈り物を開包していたくせに、カインが一言言えば躊躇いなく換金するだなんて言ってのけ、夜会で男に触れさせないのに、あっさりカインには抱き上げられて、意外な場所で、あまりに子供みたいな照れ隠しをする。大人かと思えば少女みたいな、少女かと思えば大人のような、曖昧で定まらない、不安定さ。思わず、抱き上げた腕に力を込めれば、じたばたとしていた梨花が、完全に動きを止めた。再び石像に戻ってしまった梨花を抱き上げ直し、格好が格好だからとベッドへ戻せば、いつもとは正反対に逃げようとするのが妙に新鮮だった。梨花が逃げようとし、カインが捕まえ、完全に立場が逆転している。赤く染まった顔を見せまいとする梨花の手を掴み、顔を覗き込めば、そこに悪女と呼ばれるような少女はいなかった。


「…伯爵は、もう少し、自分の顔を自覚した方が、いいと思い、ます」
「ありがとう」
「褒めて、ない」


耐えきれなくなったのか、梨花がぽすりとカインの胸元に顔を埋めて、それきり動かなくなる。何となく、ほんの少しだけ湧いた悪戯心で、真下の黒髪へと口づけを落とせば、大袈裟に肩を震わせ、恨みがまし気な視線が黒髪の下から覗く。それでもなお、柔らかな笑みを崩さぬカインに、すでに打つ手なくなった梨花が、諦めたように、再び胸元に収まった。








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