十五禁くらい、未遂
色っぽいを目指して







波打つシーツに投げ出された細い腕に手を掛ければ、それはあまりに細くてこのまま力を入れればいとも容易く折れてしまうのではないかなんて酷く場違いなことを考えた。白いシーツにばらばらに広がる黒髪が何とも言えず官能的で、金髪ブルネットが多いこの国では、こんなはっきりとしたコントラストは滅多に見れるものではなく、それがまた僅かの優越心を擽って、どうしようもない。はっとするほど美しいその白と黒は、この薄暗がりの中であっても酷く鮮烈に脳裏に焼き付いて、もう生涯忘れられないのではと思うほどだ。大きく真っ黒な瞳はただ真っ直ぐにカインを見つめていて、芯の宿ったその視線に貫かれるような心地さえする。

少女と、女性の曖昧な境界線に位置する不安定な身体は、成熟してしまったこの身体からしてみれば、あまりに脆く繊細で、ふとした瞬間に壊してしまいそうだった。その脆い身体が今、自分の手中にあるというだけで、危険な誘惑のようだとさえ、脳裏で理性を保ったもう一人の自分が囁く。駄目だ、と、確かに頭の片隅がセーブをかけているというのに、その理性を残したままに感情に任せて彼女に触れるこの瞬間が、何だかとてつもない罪を犯している気がして、堪らない。その罪悪感が、背徳感が、カインのこころをじわじわと苛むから、甘い蜜の皮を被った毒だと知っていながら、舌先で見せ付けるように味わって飲み干すことを止められないのだ。

これならまだ、きっと、嫉妬を押し隠し損ねた激情の方が、幾分も健全だと胸中で小さく嘆息する。彼女が自分を、受け入れることを解っているから、こうして何度も手を伸ばすのだろう。一度でいい、彼女が自分を拒んでくれれば、この霞がかった思考も晴れてくれるかもしれないのに、なんて、年下の少女に責任転嫁をしても現状は変わらない。現実として彼女は自分の下で無防備に押し倒されていて、何をしようとも、その小さく艶んだ唇から、カインを拒む言の葉が吐き出されることはない。

甘え、であったなら、どんなにいいか。これは、大人の狡さだ。言葉にすることを安易に放棄し、舌先で言葉を紡ぐ代わりに互いに絡ませ、吐息を言語の代わりにする。それで通じたと盲信するような、悪い大人の見本だ。指先が梨花の肌をなぞり、密かに零れた甘い吐息に溜息をついて、肩にかかる紐をゆっくりと落とす。寝るときはランジェリーなのよ、と艶を含んで笑った梨花の意図を汲み取れないほどに、カインは幼く鈍感でもなく、脱がされるためだけに存在した艶やかなシルクは、ひっそりと役目を終えてシーツの海へと沈み込んだ。

梨花の足首にかかる金のアンクレットを指先で掬えば、しゃらん、と細く金が鳴いた。梨花は、ベッドに横たわったまま、動かない。ただ、軽く身じろぎをした瞬間に少しだけ波打つ黒髪が、唇に添えられた指先が、唇の合間から覗く赤い舌が、全てが確かに彼を誘っていた。唇の傍に手を添えて、触れるか触れないかのギリギリにまで、顔を近づける。はぁ、と、吐き出された熱い吐息が絡まって、そのまま唇を合わせるでもなく、微妙な距離は保ったままで、ゆるりと舌先を触れ合わせた。温い感触の舌が咥外で絡み合って、何とも言えない熱が背筋をゆっくりと這い登る。嗚呼、蕩けそうだ。細い手首を拘束する腕はそのままに、空いた片腕が肘をつき、手持無沙汰な指先がおもむろに黒髪の先を弄ぶ。

投げ出された梨花の細い脚が、身体を支える脚へと絡みつく。嗚呼なんて、官能的。道徳、倫理、御大層な肩書だけを背負った言の葉が、急速に自分の中で意味を無くしていく。細い指先が、カインの薄いシャツ越しに腰を柔くなぞった。梨花は、まるでカインの中の狡さを知っているように、吐息で彼を煽る。この部屋の中は、まるで禁断の一室だ。暗く絢爛な屋敷の、荘厳な一室。ぼんやりとけぶる蝋燭の炎が影を伸ばし、顔の、否、感情の陰影だけを強烈に印象付ける。

これは罪悪だと理解しながら溺れる官能ほど、背徳的で魅惑的で、破滅的な快楽はない。誰しもが持ちえ、そうしてそれ故に、無意識に抑え込んでいる枷を外させたのは梨花だ。幼い故の好奇心で、梨花は、カインと駄目なことがしてみたかった。艶やかな黒い髪も、時折あまりにうつくしく煌めく赤の瞳も、大きい手のひらも、見た目よりよほどしっかりとしたあの背中も、何もかもに手放しで溺れてみたかった。梨花より幾分も年月を重ねたカインは、それが危険であること以上に、一度触れたらもう戻れないものであることを、よく知っていた。カインは梨花を想い、思うが故に様々の感情で、手を伸ばすことに酷く躊躇いがあったけれど、だからこそ、一つの枷を外せば、一気に抑制がきかなくなることも、正しく双方が解っていた。

駄目だと囁く理性を残して行う背徳の中では、良心の呵責という痛みが、官能に適度な刺激を与えて、より濃く濃密な快感を仕上げてしまう。一つ枷を外せば、それを己の意図で弄ぶという禁じられた遊戯に変わることを、カインは知ってしまった。否、或いは、気付かないふりをしていたものに、気付いてしまった。今まで以上に確かな熱を孕む指先は粘着いた官能に染まっていて、自分が意識下でコントロールできる範囲を超えて、梨花の抵抗を根こそぎ殺して甘く沈ませていく。それで、梨花はよかった。身体全部を支配されて、脳髄が痺れていくような、そんな快感こそを、無意識に欲していた。自殺願望のような、衝動だった。

カインの指先が髪から頬をなぞり、肌に落ちて、身体を這う。赤い瞳が梨花を射抜く。彼はおとこのひとだった。大きな手のひらも、固い胸板も、しなやかに付いた筋肉も、何もかも、柔いおんなの身体の自分との性差を明瞭に感じさせたが、いちばん、彼がおとこのひとだったのは、その表情だ。笑みを削ぎ落とし、情欲を乗せて色づけしたそのひとの顔は確かに官能で着飾られたあまりにもうつくしいもので、細められた赤の瞳に見つめられれば、梨花はもう、何かを言おうという気概をそっくり奪われてしまう。好きにして。そんな言葉を吐いてしまいそうになるほど、目の前のおとこのひとは、あまりに蠱惑的だったからだ。けれど、その言葉だけは、言わない。彼が理性と官能を互い違いに脳裏に乗せて、危うくぐらつくスリルを愉しんでいるように、梨花だってこの人に溺れたいけれど、溺れ切らないで自我を保つという悪趣味な一人遊びを愉しんでいるのだ。

いつかどちらかの糸が切れたように溺れ切ったとき、その時はきっと、この部屋は本物の、禁じられた背徳の部屋になる。そしてその時は、存外に早く訪れるような気がするのだ。








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