特に脈絡なく森でいちゃこらしてるだけ






とん、と、背中に柔らかい衝撃が走った。軽く前に動いた身体を引いて後ろを振り返れば、自分よりもいささか小さな身体が背中にぴたりとくっ付いている。マントに顔を埋めているせいで顔は見えない。けれど、細い身体と緩やかな黒髪、そして自分に対するその態度で、少女が誰かなんてすぐにわかった。


「……リンカ、」


ぐりぐりと顔を押し付けて引っ付く仕草に小さな笑声を漏らす。柔らかな日差しが木々の隙間から落ちて降り注ぐ、気候のよい日。起きて屋敷から出るまでにはいなかったというのに、いつの間にやってきたのか。
手を伸ばしても位置的に頭には届かないから、そっとその髪を梳くにとどめた。
指先の緩やかな感触を楽しんでいれば、不意に、梨花がごそごそと動く。
何事かと手を下ろして再度後ろを振り返れば、マントがたゆたい、梨花の姿が見えない。しかし、抱きつかれる感触はある。そして、マントの、不自然な膨らみ。


「……、…何してるの?」


いつの間にか、マントの中にごそごそと入り込んで、そして、スーツ越しに抱きつく体勢に落ち着いていた。
身長差の大きさ故に苦しくはないだろうが、しかし、気になるものは気になる。
意味なく身体を捻ってみればその動作につられて梨花の腕も動かされ、加えて抱きついている場所は脇腹。微妙にくすぐったい。思わず呼気染みた笑気を零して脚が動けば、後ろにある梨花の重みで、足元がぐらついた。あ、と、どちらのものか解らない、鼻から抜けるような声が漏れた頃には、もう遅い。

二人の身体が重心を見失い、柔らかな草の上へと倒れる。さすがに驚いた梨花が腕を離し、慌ててマントの中から這い出たおかげと、地面の柔らかさで思ったよりも衝撃はなく、腕を付いて座り込むカインの上に、梨花が落ちる形で落ち着いた。


「……、」
「……、」
「…危ないから、これからは気をつけるように」


落ちてきた梨花の身体を抱きとめて、とりあえずカインは一言小言を言った。
「…ごめんなさい」小さく謝罪が返ってくる。しゅんと項垂れた様に、瞳を細めて笑えば、自分から見れば随分小さく見える梨花の身体を抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でた。
怒ってないよ、と、優しく声を落とせば、目に見えて安心したように身体の力を抜く。背中に抱き付いていたように、今度は正面に抱き着くのに任せ、何となしに顔を上げれば、青い空、白い雲、気持ちいいほどに艶やかな空が広がっていた。


「…いい天気だね、」
「……うん、」


それきり、二人とも喋らない。けれどそれは嫌な沈黙でなく、ただ、ゆらゆらと流れる雲のように、穏やかで心地よいものだった。
木の幹に背中を預け、瞳を閉じる。どこからかさえずる小鳥の声と、梨花の吐息が混ざり合い、鼓膜を柔らかくなぞる。

不意、顔へと淡い影が落ちる。けぶる睫毛を震わせてルビーの瞳を開けば、青空をバックに、じっと梨花が見つめていた。なぁに、と、問う前に、開きかけの唇が塞がれる。
唐突の行動に、僅かに瞳を見開くも、拒みはしない。背中に回していた腕に緩く力を込め、空いた身体の隙間を埋める。
平素より早い鼓動が直接身体に伝わって、触れ合う唇の熱さに言いようのない愛おしさが胸中を満たす。
啄ばむに似た、じゃれあいのような、戯れるような、そんなキスが続く。
くすくすと、どちらからともなく笑声を零せば、じゃれあったままに柔らかな草の上に身体を倒し、寄り添って身体の力を抜く。
羽織っていたマントをシーツ代わりに、右腕を双方の枕にして、昼寝の体に入る。

柔らかな気温、柔らかな気分、柔らかな体温。
ただの、何の変哲もない。穏やかな、日だ。




ちなみに。
目覚めた夕方、右腕が見事に痺れて、翌日は仕事にならなかったりもする。
小さく優しい、笑い話。







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