未成年の喫煙描写有り
真似しないでね!







煙草を貰った。
知り合いに、とても綺麗な男の人がいる。柔らかな口調で女を口説き、酒に詳しくて、戯れに興ずる、有体に言えば悪い男だ。けれどそれがどこか許される、甘い毒を孕んだような人だった。彼が煙草を吸っている様がとても気怠げで、どこまでも退廃的で、変な色気があったから、どうしても吸ってみたくて、ねだってみたら、存外にあっさりと彼はくれた。あげる、と、いつもの緩やかな笑みで渡された煙草のパッケージを見つめて、梨花はリビングのソファに背中を預けていた。銘柄などは、よくわからない。けれど多分、上等のものなのだろう。上等の男には上等の嗜好品がよく似合い、上等であるが故に品格を落とせない。それをよく知る彼だから、半端なものであるはずがないのだ。
一本、中から取り出して、口に咥えてみる。家から探し出したライターを持って指を擦り、炎を灯すも、それを咥えた先に押し付けるには、今一歩何かが足りない。
どうしたものかと一度火を落とし、咥えた煙草を指先で弄って思案に浸っていれば、不意、背後でドアの開く音がする。首を傾けていればそこにはやはり、予想した人物が立っていて、扉をくぐるようにしてリビングへと入ってくる。何してるの、というような視線が向けられれば、小さく笑って、何でもないと首を振る。それに、更に首を傾げたカインが水を飲んでから梨花の方へと歩み寄り、そうして、机に置かれた煙草のパッケージとライターを見て、小さく首を傾げる。嗚呼、煙草も彼の時代にはないものだったか。


「…これは?」
「煙草、……煙管、とか、パイプ?に似てる」
「へぇ…随分と小さいね」


感心したように呟き、煙草のパッケージを手に取る。確かに、煙管やパイプに比べれば随分と小さく、そして細いそれを物珍しそうに眺めるカインを見ていたら、自然とライターに手が伸びていた。少し大人ぶって、これをくれた彼がするように、脚を組んでもたれ、頓着しない素振りで炎を灯す。緩やかに吸い込んだ空気に煙が混ざって、少しだけ眉を顰めた。くゆる紫煙がリビングに立ち昇る。これは美味しいのだろうか、なんて、淡々と煙を吸いながら考える。お世話にも美味しいとは言えない、けれど、そんなものだろう。酒も煙草も、変に大人ぶって続ければ中毒になる。素直に不味いと言えないそれが、むしろ子供の証だ。それがわかっていながら、美味しい?と聞かれて、それなりに、なんて答えてしまう自分はどうやら、大人になんてなり切れてはいないらしい。苦笑染みた吐息が漏れるのを誤魔化すように、吸ってみる?と問いかけて、咥えていた煙草を指先で摘まむ。少し悩んだカインが、じゃあ少しだけ、と答えるのに頷いて、一度灰を落とし、口元へと差し出した。


「……、」
「…どう?」
「うん…そうだね、悪くないかな」


緩く、煙を吸う様が、自分よりよほど嗜むように見えて、小さな焦燥が燻る。ただでさえ歳が離れているのに、これ以上引き離されてしまったら、その背中すら見失ってしまう気がした。早く大人に、なりたかった。軽く身を乗り出して、カインの吐き出した煙を追う。口付けるようにしてその煙を吸い込めば、そう、少しだけ。彼の吐き出した煙だから、ほんの少しだけ、美味しいと、思える気がした。
緩やかに瞬くカインに笑って、指先に挟まれた煙草を奪い、再度自分の口に咥える。背伸びだとわかっていながら紫煙を吸い込んで、そうして、彼の真似をして、緩やかに吐き出した。


「……あまり吸い過ぎないように、」


梨花が初めて吸ったとは知らないから、何本か吸われた形跡のある煙草のパッケージを指先で軽く叩いて、カインが穏やかに忠告を漏らす。近しい位置にある梨花の髪を指で梳けば、仄かな香水の香りが鼻腔を擽った。近づかなければわからない、その少しだけ着飾った香りをカインは好んでいたから、煙で掻き消されてしまうのは望ましくなかった。それはとても、勿体無い。一時パイプや煙管を吸っていた自分が吸うななどと言えることではないから、せめて臭いは付かなければいい。柔らかな髪の感触と紫煙の香りを楽しみながら、小さく呼気を吐く。
ふと、おもむろに伸ばされた梨花の指先が、カインの整えられた前髪を梳く。なぁに、と、舌先で思ったよりも甘ったるい声音を転がせば、彼女の唇が残った煙を吐き出し、微細に震える唇を開いた。


「…嫌い?」
「何が…?」
「煙草、」
「嫌いじゃないよ…ただ、臭いが、ね」
「…?」
「髪につくと、思って」


指先に髪を絡め、くるりと巻き付け弄ぶ。そっか、と、呟いた梨花が自分の髪の匂いを確かめるのに、まだ大丈夫だよと笑気を落とし、小さく喉を鳴らした。次第に短くなっていく煙草は淡い光を不規則に揺らめかせ、刹那の灯火を宿せば、すぐに灰へと変わっていく。吸い終わった煙草を梨花が消し、吸い殻を指先で弄って、そして結局、無造作にゴミ箱へと投げ捨てた。多分、常習的に吸うことはないだろう。綺麗に大人ぶるには、少しだけ苦すぎる味だった。仕方ないとソファに背中を預け、小さくため息をつく。同年代と比べれば断然大人っぽいはずだと確信していたし、事実学生には見えない色もあるはずなのだけれど、これはもう、相手が悪かった。ちょっとした歳上じゃない、完全な、成熟した男性だ。一筋縄で翻弄なんかさせてくれないどころか、逆に翻弄されるばかりで、いつだって明瞭に存在する差を思い知らされる。舌先に残る苦味を噛み潰し、陰る思考を追い払う。けれど、そう、恋人まではこぎ着けた。だったら大丈夫だと言い聞かせて、彼の方へと体重をかけた。






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