sacrifice of quiet | ナノ






「しー、ちゃん…!」


来て、くれた。


本格的に犯されそうになったその時、まるでヒーローのように、彼はそこに現れた。
いや、ヒーローと呼ぶにはいささか怖ろしすぎたが。
風葵の胸を掴んでいた男の腕を、何の躊躇いもなく切り落とし、傷口を押さえる手さえ踏みつけて、氷点下の瞳で見下ろしている。


「て、め…っこの餓鬼がぁ…!」
「五月蝿い黙れ、死ね」
「ぐぁあああ!!!」


暴れて喚く男の胸元に、迷わず刃を突き立てる。
飛び散った血飛沫にすら興味を示さず、日本刀を振るって付着した血液を払った。
ゆるりと刃を構えて、残りの男達を見据えた。
刃物のような狂気を孕んだアメジストの瞳に、背筋が一気に冷える。
それもそうだろう。どうして、一介の高校生がこんなに躊躇いなく殺しを行うと思うだろうか。
想定外、規定外。彼は、イレギュラー過ぎた。


「んだってんだよ…っこの!」
「オイコラ、落ち着けっての…!…っ、おい餓鬼、お前、そこのお嬢様の彼氏か?」
「……」
「ちっ…だんまりかよ。まぁいい、せっかくカッコよく登場してくれたがな、やめた方がいいぜ」
「それはこっちの台詞だよ」
「生意気だな、糞餓鬼。…なぁ、餓鬼。そんな刀一つでどうするつもりだよ?こっちが…たったこれだけだと思ったか?」


男が笑う。
同時に激しい銃声が響いた。


「っ…くく…あーはっはははは!!!おら餓鬼!だから言ったじゃねーかよぉ!」


愉快そうに男が大声で笑う。
激しい銃弾のせいで、紫苑がいた場所は砂煙が舞っていた。
彼らは数人ではなかった。この倉庫の至るところに、彼らの配下の男達が潜伏していたのである。
今頃は紫苑がさぞかし無様な姿で横渡っていようと煙の晴れた先を見つめて、そこで男の意識は落ちた。



「…やることなすこと、単純過ぎるんだよ」


首と胴の離れた男の、頭の方をゴミのように踏み潰し、紫苑は酷薄に笑った。
口元は蟲惑的に三日月を形どっているというのに、その瞳は少しも笑っていない。
銃弾は一つも、掠ってさえもいなかった。
ぐしゃり、頭蓋骨はただの粉塵と化す。
血の海の中を、足音を立てて歩き、ゆっくりと風葵の傍に腰を下ろす。


「…しーちゃん…」
「風葵…遅くなって、ごめん」
「ううん…いいよ、来てくれたから、いいよ…」


彼女の自由を拘束する縄を断ち切り、解放する。
ふわりと、心底嬉しそうに笑った風葵に微笑みかけ、再び刃を構えた。





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