sacrifice of quiet | ナノ





その日、紫苑は奇妙な胸騒ぎを覚えていた。

いつも通り、早くに登校して生徒会室で書類に目を通す。いらない書類は捌いて、適当に処理した。手早く中身に目を通すが、何故か頭に入ってこない。
身体が警告でも発しているかのように、心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
何か変なことはなかったか。いつもと違うことは。
瞬時に思考を巡らせる。


「……風葵、」


そうだ。そういえば。
今日は、風葵が来る日ではなかったか。
紫苑の彼女である風葵は、一週間のうち約三日ほど、紫苑に合わせて早くに登校してくる。
増えることもあるが、基本的に月曜日と水曜日、それに金曜日は来ていた。
来なかった日は、必ずメールが入っていた。
今日は水曜日。だというのに、風葵がいない。メールもない。
一瞬不安になったところで、メールの着信を知らせる音が、空気を裂くように鳴り響いた。
安堵のため息をつき、携帯を取り出す。
差出人の名前は、風葵。
なんだ、ただの思い過ごしか。そう思い、メールを開く。



どくり。
心臓が脈動した。



「……風葵…?」



メールには、ただ一言。

「 た す け て 」





「っ…風葵……!!!」

思い切り立ち上がって、窓から飛び降りる。
飛び出した拍子に机から雪崩落ちた書類も、倒れた椅子も、何もかも気にならなかった。
着地地点に居合わせた生徒達の驚愕の声も耳に入らない。
そして、そのまま校門から飛び出した。





どこ、どこにいる?
「たすけて」?
あの風葵が?
僕に、助けを求めた?

風葵の通学路を辿っても、いるわけがない。
文面からして、誰かに捕まったはずだ。それも大勢に。
風葵は決して弱くはない。
どこで捕まった?
朝早いとはいえ、風葵の通学路は基本大通りだ。
大通りには、さすがに車が定期的に通っていく。
そんな場所で攫うには無理がある。
ならばどこで?僕なら、何処で攫う?


「…あそこか…!」


一つだけ、あった。
唯一、あまり車の通らない道。
僕が誘拐を企てるなら、あそこにする。
ハイリスクだが、そこしかない。


屋敷の立ち並ぶ、通称お屋敷町。
遠慮もあるのか、あまり人が通らず、車もまばらだ。
一つ一つの屋敷は大きく、少々声を上げても中まで聞こえないだろう。

そこからはどうする?
どこに連れて行く?
そもそも、目的は?殺しか?身代金か?
それにより変わってくる。

どうする?
もしも殺しが目的なら、虱潰しに探そうにも時間もない。
となれば…


「…こういう時こそ、権力って使うべきだよね」


携帯を取り出す。
冷泉のネットワークに繋いだ。家の力は使いたくないとか、そんなことを言っている場合じゃない。
どこに行こうと、見つけ出してみせるよ。



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