十六夜の夢巡り様とコラボ | ナノ






「合同体育祭?」
「そうなんです! 現在は、あまり水無月高校と交流は無いのですが、昔は何回か交流行事をしていたんですよ。今からあちらの生徒会長さんがいらっしゃるので……あああ、今から楽しみです。きっと、皆さんの思い出に残る体育祭になりますよ」


 ウキウキと遠足の用意をするように、コーヒーに紅茶にお茶、相手が好きな飲み物を予め用意する阿守先輩――阿守麻世(あもりまよ)は相変わらずだった。俺なら来てから適当に淹れると思う。相手に気を遣いすぎだろう。それでも楽しそうな阿守先輩に、思わずため息が漏れた。
 だから、桃園先輩――桃園和可子(とうえんわかこ)は俺にこの人を押し付けたのか。いや、別に俺は阿守先輩が嫌いじゃないからいいのだが、桃園先輩曰く「Gより大嫌い」らしい。阿守先輩自身はレズ疑惑が浮かぶ程に桃園先輩を慕っているのに、よく解らないものだ。


「さて、今から校門に行きますね。留守番よろしくお願いします」
「……阿守先輩。まさか水無月高校会長が来るまで待つ気なんですか」
「え? 勿論ですよ。来てくださったなら、玄関からおもてなしをするのが普通ですから」


 確かにそうなのだが、でも会長が校門でウキウキとしながら他校会長を待つ様子を思い浮かべると、妙にイライラする。……というか、会長じゃなくてしたっぱの役目だろう。立花を使うか。


「お迎えは俺の後輩を用意します。先輩はここで待機を、」
「ダーメですよ!」


 ズイッと顔を近づける先輩に、慌てて後ずさった。下手をしたら先輩に手をだすとこだ。やましい考えではなく、物理的に。


「後輩が大変でしょう。私に任せて下さい」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。では行ってきます」


 そういう問題じゃない。
 何故かそんな答えが頭に思い浮かんで、先輩を止めようとすると、先輩が生徒会室の扉を開くと表に、酷く美しい。氷のような男が佇んでいた。


「……冷泉生徒会長! ようこそ今郷高校へ。お疲れでしょう、どうぞ腰をお掛けください」


 年中無休の接待モードである阿守先輩は、その男がいることを何の不思議とは思わずに部屋に招き入れた。


「僕は貴女より後輩ですから、楽にしていただいて構いませんよ」
「えっ。ああ、そっか。冷泉君は二年で会長になったんだね。とても凄いと思うよ」


 敬語しか話さない阿守先輩が、あの会って間もない男と親しげに(無理矢理だろうが、阿守先輩は他人に合わせる人だ。こうなることはわかっていた)話しているのを見ていると、胸の奥が痒くて気持ち悪くなる。


「何か飲み物はいる?」
「いや、いいよ」
「そっか。じゃあ始めよう」


 先輩が用意した茶も無駄になったなと、部屋の壁に背中をもたれさせ、二人を観察していると男のアメジストの瞳がこちらに向けられる。そして、興味がなくなったのか、まとめられた書類に視線を移した。


「……こんな感じでどうかな? プログラム内容とか来週に決めてもいいんだけど」
「今、決めよう」


 他校の会長だろうがなんだろうが、馴れ馴れしや過ぎないか。
 もう冷泉という男から敬語も敬う気持ちも――いや、元から感じられなかった。
 それが何とも腹立たしい。

 しかし、何もしていない男に感情のまま殴り飛ばすのは可笑しい。腕を組み、できるだけ気持ちを静めようと努力していたら、二人が椅子から立ち上がった。


「今日はありがとう。こんなに早く進むなんてびっくりしたよ」
「そう。じゃあ、僕は失礼するよ」


 阿守先輩に背を向けて、教室の扉をに向かって長い足を前に前にと伸ばしていく冷泉が、ふとこちらを見て、笑った。


「ッ!!」


 冷ややかに、愉しそうに。
 氷像が笑みを浮かべているようだった。何を意味しているか分からない。なんだ、これは。


「じゃあね、望月風紀委員長」


 息を呑み、冷泉に対して厳戒体制をとるとクスクスと笑って奴は教室から出ていく。


「……何なんだ、奴は」
「もー。望月君、ダメですよ? しかし、凄い綺麗だし、仕事が早い方ですね。さぞかしモテるでしょう」


 鼻歌混じりに、書類を整理し始めた阿守先輩。接客用のソファーに腰かけた彼女の前のソファーに自分も腰かけ、書類に手を伸ばした。


「手伝い、ます」


 阿守先輩は、俺の恩人だ。力になりたいと思うのは当然のことだろう。
 少し呆気にとられた彼女だが、直ぐに無邪気な満面の笑顔を浮かべて「お願いします」と口にした。