十六夜の夢巡り様とコラボ | ナノ






「はっ、罪だの何だの、それを決めんのはテメーじゃねえ。…沙弥嬢だよ」

柄悪くしっしと猫を追い払うような仕草で、遠野刹那は守口千足を見送った。いや、つっけんどんに追い払った。
そして、俯く田村沙弥の方に歩み寄る。
そっと手を握る。びくりと彼女が震えたのをわざと無視して、真剣な瞳で見つめた。


「気にすんなよ、沙弥嬢、あんな奴の言うことなんてさ」
「っ…」


遠野刹那は、決して馬鹿でも短絡的でもない。そして同時に、正義の味方のような人間でもなかった。
周りからは優しい、御人好し、優しい人だと言われているが、決してそれだけではない。
ここで多くを語ることは出来ないが、刹那も風葵もあみも、それぞれ容易く他人に言えない事情を抱えている。
刹那には刹那なりの苦労があり、苦難があり、苦しんで泣いて迷って間違えて、そうして今の刹那がある。
だから、なんとなくわかっていたのだ。彼女に会ったとき、感じた。

ああ、同じだ、って。

多分、彼女には簡単に人に言えない体験がるのだろう。今の様子を見れば、それが彼女を苦しめているのは明白だ。
だけど、だからって自分が彼女に出来ることは何もないということも、理解していた。
何も出来ない。乗り越えていくのは、いつだって自分自身だけ。

「…沙弥、聞いてくれ」
だけど放っておけないから。優しくて可愛い、大事な友人を、こんな顔のまま帰すわけにはいかないから。


「何か、あったんだろ」
「……私、は…」
「言うな、聞き出そうなんてつもりはない。俺達は何も出来ないからな…だからせめて、お前にいい言葉を贈るよ。俺が苦しい時、辛い時、いつだってこう思って生きてきた」


とん、と、刹那の指が沙弥の左胸。
心臓部を指差す。


「…目を逸らすな。逃げたっていい、泣き叫んだっていい、暴れたっていい、放り出したっていい、迷ったっていい、手前に嘘ついたっていいんだ。だけどな、手前のここにはあるはずだ、いつだって消えねえ想いが、燻ぶってる何かが。そいつから目を逸らすな、そいつは手前そのものだ。それだけはずっと見つめてろ、手前で手前を裏切るな」


…これ、俺の持論。
そう言って、刹那はにこりと笑った。


「手前を、裏切るな…」

「そうだ、沙弥嬢。沙弥嬢自身を裏切るな、本当に大事な想いだけは、見失っちゃいけねえんだよ。逆に言えば、そいつさえ見つめてりゃどこにだっていける。手前のことは手前で決めろ。あいつに言われたから罪だの償いだのすんのか?…違うだろ?手前がすると決めてするんだ、そうでない償いなんてクソ喰らえ」


自分の罪と償い。
それは、沙弥に言っているようで、刹那は自分自身に言い聞かせていた。
俺の罪は××れたこと。俺の償いは――…


「…頑張れ、沙弥嬢」
俺も、頑張るから。


「……うん、」
こつり、と額を付き合わせる。
優しく笑いかける刹那に切なく笑い返して、沙弥は頷いた。







「…へぇ、なるほどね」
「っ…!?」

沙弥が戻り、それぞれが別の場所に行って刹那一人が残った時、後ろから何の気配もなくくつくつと愉悦に塗れた笑みが響いてきた。
ばっと振り向くと、そこには案の定と言うべきか。
氷の美貌に緩やかな笑みを携えた、冷泉恭真が佇んでいた。その笑みにびくりと身体を震わせ、刹那は一歩後ずさる。

「そんなに怯えなくてもいいじゃない」
「……恭真、さん…」
「どうしたの?昔のように呼んでいいんだよ?」

あくまで穏やかに、慈愛すら感じられる表情で恭真は笑う。

「君が彼女にああやって諭したのは、自身と重ねたから?」
「……そう、かもしれないな…」
「いつだって、ああやって思ってたの?」
「っ…それ、は…」



「そんなこと思う必要なんてないのに。…ねぇ、俺の可愛い刹那」

耳元で囁かれた声に、遠野刹那は逃げ出した。




俺の罪。
それは。

この世に生まれ落ちたこと。