十六夜の夢巡り様とコラボ | ナノ






 沙弥は不細工なわけではない。むしろ、メイクの仕方さえ学び、努力をすれば化ける位の容姿だ。それが出来なかったのは、彼女自身の意識と、主な周囲の人間が男子だったからだろう。
 しかし、現在は風葵やあみの力により、普通の女子よりは上位に可愛く見えた。あと身振りや仕草をしっかりすれば、それなりにはモテるだろう。

 そして、化けたと言っても過言ではない、しかも普段ならギャグ路線で無ければ着ないようなチアガールの服を着た沙弥は、別人だった。


「ねぇ、君水無月学校の子?」
「メアド教えてよ!」


 何故、こうなったのか沙弥にも分からない。
 応援合戦では、高い身体的能力で素晴らしいパフォーマンスを魅せた。バック宙を連続で行ったりする女子もなかなかいないだろう。沙弥は心底、激しい運動をしても取れなかったウィッグを称えた。
 しかし、それが、仇になったのだろう。近寄りがたい九条あみや桜木風葵を諦め、まだ目をつけられていない無名の女に走ったのだ。
 今の沙弥は、とにかく真也の元へ行きたかった。今更なのは承知だが、だからって引き下がっては、ここまでしてくれた皆に申し訳ないし、絶対に後悔する。

 自分に自信がないなら、つければいい。自分に女の魅力がないなら、少しずつでも磨いてやる。
 だから、彼女は一度だけ、女として彼の前に立ちたかった。

 なのに、この有り様だ。


「あの……」
「怖がることないよ。俺ら可愛い子には優しいよ」


 可愛い子限定か、と内心吐き捨てる沙弥。

 そんな彼女のピンチを、あの男が見逃す訳がないのだ。
 だけど、彼は動けなかった。ただ一点、別人の様に変わった彼女を見詰め、歯を食い縛り、息を殺した。
 平城真也は、田村沙弥が遠野刹那の為に女性らしくなったのではないかと疑っている。それだけではない。自分の気持ちが、揺らぎ始めたのだ。

 彼女への気持ちは、本当なものなのか。

 優しければ、誰でもいいのか。それが頭で何度も自分を問い詰めているようで、彼は彼女を助けられずにいた。

 先ほどの阿守の残り香が、嫌に鼻にかかる。その度に自己嫌悪に陥る。裏切ってしまったと確認し、自分を殺したくなる。しかし、裏切ったといえど、それは沙弥に対してか、それとも自分に対してか。

 真也が、精神的に追い詰められ、もう一人が表に現れようとした瞬間、彼の目に映ったのは沙弥を助ける男の姿だった。


「沙弥。大丈夫?」
「守口、先輩」


 全く違う男が、田村沙弥を助けていた。それも自分よりかなりひ弱そうなメガネの男だった。手のひらに爪が食い込み、赤い滴が地面に落ちる。
 平城真也は、それでも動けない。そんな彼を、じっと見詰める阿守麻世は微かに微笑んだ。



 一方、田村沙弥にとっても守口千足の助けは予想外のものだった。助けといっても、守口千足に掴みかかろうとした男達を沙弥があしらったから助けたとは言い難いが。


「……珍しいね。君がそんな恰好するなんて。誰を応援してるの?」


 守口千足は、鋭い。沙弥は頬を赤く染め、視線を真也に移すも、その先には下をうつ向いた彼の姿だった。
 だから、彼は彼女の前に現れた。


「……好きなんだ」
「…………」
「恋愛は自由だけど、叶えようとはしていないよね」
「えっ」
「アオちゃんみたいに、苦しめたくはないだろ」


 強く、念を押した守口千足に、田村沙弥は我に返る。
 そもそも、応援しなければならない位置なのだ。彼女は恋愛も、親友も、結婚も許されないのだ。
 悲痛に歪む、その表情に千足の胸は高鳴る。
 千足の愛情表現は歪んでいる。好きな相手を苦しめることが愛情表現だなんて、認める人間はいるのだろうか。


「僕達は、あのの悲劇を忘れてはならないんだよ」
「最近の君には友達がさらに増えてしまった。これは、またアオちゃんみたいな自殺者が現れるかもしれない」
「皆を管理することなんて、出来るわけないんだ。だから、辛いだろうけど……」

「ハーイ、ストップ」


 ケラケラと笑いながら、田村沙弥と守口千足の間に入った遠野刹那に千足を睨み付ける桜木風葵、そして九条あみ。
 千足は少し目を丸めたが、直ぐに微笑を浮かべて彼らに対応した。


「こんにちは。僕は今郷高校生徒会会計役職にあたる、守口千足(もりぐち ちたる)。よろしくね」
「なぁ、何を考えてんだ?」
「君達には関係ないことだよ」


 あくまで、千足は笑顔だ。
 風葵やあみは、そのちぐはぐな対応に身の毛がよだつ。そして、刹那も貼り付けたような笑みを消し去り、鋭い言の葉を突きつける。


「俺達のダチを傷付けるなら、容赦しねーぞ」
「……何を言っているかわからないな。これは、僕と彼女の問題であり、背負い続けなきゃいけない罰なんだよ」

「会計。単独行動は謹んでください」


 均衡した場に終止符を打ったのは、花鳥千歳だった。決して名前を呼ばず、会計と呼んだ彼女も、千足を警戒している。純粋に、千足を好ましく思っていないのだ。

 困ったとばかりに肩をすくめた千足は、花鳥の元へ足を向ける。それに、用事は終わったのだ。


「友達は大切にしようね、沙弥」


 そう、最後の呪いを言い残して。