十六夜の夢巡り様とコラボ | ナノ
「…なるほど、事情は理解したわ」 「え?」
蟲惑的な笑みを残し、冷泉恭真は去っていった。 平城を応援しよう。どうせ自分は可愛いわけでも綺麗なわけでもない。友人の恋を、応援しよう。 そう沙弥が思ったと同時に、したり顔で風葵が頷く。 同じように、刹那も神妙な顔で頷いていた。
「つまり沙弥嬢は、平城が気になってるんだな」 「え"?…いや、あの…」 「うんうん、恋してると不安にもなるものね。でも、消極的なのはいただけないわ。恋愛なんて、ぶつかってなんぼよ」 「あの、風葵先輩?刹那…?」
嫌な予感がする。 そんな沙弥の予感は、奇しくも最悪最高の状態で当たってしまうことになる。
「あみちゃん、あみちゃんのとあたしのメイクセットを至急ここに持ってきて」 「よし、琥珀!お前が押し付けられてたチアの衣装持ってこい」 「ちょ、何するの二人とも!?」
焦ったように言う琥珀の言葉に、刹那と風葵はとてもいい笑顔で口を開いた。
「決まってんだろ?」 「沙弥ちゃんを、女の子にするのよ」
「…ご愁傷様、」
食べ終わった弁当(…というより重箱)を片付けながら、紫苑が我関せずとばかりに、淡々と呟いた。
「いいこと?女の子はメイク一つ、衣装一つで化けるのよ」 「そうそう。だから手始めに午後一の応援合戦で、チアに出てみればいいと思うんだ」 「あの、ちょ…!?」 「うふふ、沙弥ちゃん…じっとしててね?」 「沙弥嬢、諦めろ」
慌てる沙弥を刹那が押さえ、風葵とあみが持ち込んだ様々なメイク道具で化粧を施していく。 絞ったタオルで汗を拭いて、きらきらとしたアイシャドウ、ピンクのチークにブラウンのマスカラ、鮮やかなグロス。 今まで縁のなかったそれらに、沙弥は若干狼狽する。 が、抑える刹那の力は強く、抵抗空しく二人の好きなように飾り立てられていったのだった。
そして数十分後。 とても嬉しそうな顔をした琥珀が持ってきたチアリーダーの服を着せられ、ぐったりとした沙弥の姿がそこにはあった。 余談だが、琥珀は男にも関わらず人数の確保ということで強制的にチアのメンバーに入れられていたため、その役を沙弥に押し付けられて清々しい表情をしていたのだった。
「凄い!沙弥ちゃん可愛い…!」 「いや、お世辞はいいですから…」 「おおー!!さすが沙弥嬢!ちょー可愛いな!これなら平城もイチコロだぜっ」 「はは…絶対見られたくない…」
髪が短いからとなけなしの抵抗をしたがために被せられたウィッグに、薄く引かれたアイシャドウ、仄かな桜色のチークとつやつやのグロス。 短いスカートから伸びる足は鍛えられているせいか引き締まっていて、男みたいだと沙弥は隠したがったが、風葵やあみから見てみればかえって魅力的だと諭されてそのままだった。 どこから見ても女の子。それも、可愛く魅力的な。
女はメイクで化ける。 そこでようやく鏡を見た沙弥は、眼前に映る自分を見て固まった。
「……」 「ね、可愛くなったでしょ?」 「これ…」 「沙弥嬢、自信を持て。とても綺麗なお嬢さんだ」 「っ、でも…私…」
平城、は。 平城のことは、応援を。 いや、でも。苦しくて。それは確かで。 でも、いや、もう、どうしたら。
どうしたらいいのかわからない。 そんな表情をする沙弥に、あみが歩み寄り、くいっと袖を引っ張った。
「え…?」 「…田村さん」 「えっと…」 「さっきのでバレたと思うんで、もうぶっちゃけますけど…あたし、猫被りです。だから本音で言います。…確かに、あたしは田村さんより可愛いかもしれません」 「……」
「だけど、それは当然です。だってあたしは"モデルの九条あみ"、"皆が憧れる美少女"、"街を歩けば誰もが振り返る人気モデル"…それがあたしなんですよ。それが皆の思う九条あみだから。だから、そうでなきゃいけないんです。誰より可愛くなくちゃ。それが、あたしのプライドです。…田村さんは、毎日スキンケアをしてますか?肌のマッサージは?エクササイズは?くびれを保つための運動は?髪のパックは?メイクは?メイクの研究は?コーディネートの勉強は?」 「……」 「してない、ですよね?もちろん、田村さんが努力しないで他人を羨むような、そんな人じゃないってわかってます。だけど、一つだけ、いいですか」
そうしてあみは、にこりと笑った。
「事情はわかりませんが…諦めるのは、努力してからでいいんじゃないですか?本気でぶつかった方が、相手への誠意だと思いますよ」
「そうそう。…な、沙弥嬢、よく言うじゃん。やらなかった後悔より、やった後悔の方がいいってな」 「とりあえず、やってみなさいな。女の子らしいお化粧に抵抗があるなら、まずは前より丁寧に髪を洗うとか梳かすとか、リップを色つきに変えてみるとか、そんなことからでもいいのよ」
これ、あげるわ。あたしも使ってる種類なのよ。 そう言って風葵は、沙弥の手のひらに先ほどのメイクに使用したリップを握らせた。
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