十六夜の夢巡り様とコラボ | ナノ






 平城真也は、苛立っていた。
 どんな理不尽な理由にしろ、平城真也にとって“田村沙弥を苦しませた”人間は敵なのだ。
 そして、己から田村沙弥を奪う可能性がある人間も、同じである。

 面白くなさそうな平城真也の視線の先には遠野刹那と田村沙弥が楽しそうに談笑していた。水無月一の人気者と今郷一の人気者、それも周囲から男と勘違い(刹那の方は故意だが)されている二人だ。余談だが、その二人を盗撮していた田貫のカメラが、写真が広まることなく何者かによって破壊されたことは別の話だ。

 何がともあれ、これは平城真也にとって非常につまらないことだった。それも、平城真也は頭に血がのぼりつつあり、何時もなら勘で予想できるはずの刹那の本当の性別に気がつかなかった。
 だから、マズかった。
 田村沙弥を女と理解しているから、当然の結果が考察されたのだ。
 平城真也には、田村沙弥がイケメン男子と手を繋いだ(握手)だけでなく、談笑していると認識してしまった。

 よって、平城真也の脳内には、田村沙弥をやりきれない心持ちにさせた冷泉紫苑と、恋敵予備軍と見なされた遠野刹那が敵と判断されたのだ。


 そんな平城真也の心中に全く関心が向かない田村沙弥からは歯痒そうな面持ちが消え去っていた。元スポーツ選手だからだろう。負けを何時までもくよくよしてはいけないとセーブをかけたのだ。さらに、遠野刹那との会話は田村沙弥にとって胸が弾むようなものだった。機嫌が良くならない訳がない。


「おかえり。次の競技が終わったら弁当だけど……どうするの?」


 早乙女春樹はプログラムで影を作りながら、田村沙弥と平城真也に訊ねた。何時もなら、多分一緒に食べようという話になるのだろう。
 しかし、


「悪い、今日は刹那と食べるわ」


 まさかの、別人を指定。しかも、名前で呼び捨て。
 遠野刹那と田村沙弥が社交的だからこそ、お互いを名前で(刹那に至っては女と扱って名前の後に“嬢”を使っているが)呼ぶ関係になっている。

 自分の名前は呼ばないのに。
 自分を選ばず、遠野刹那を選んだ。

 果てしない不安と恐怖、そして苛立ちに支配された平城真也に、遠慮なんて言葉は遠くに投げ捨てられた。


「俺もいい?」
「へ?」
「ダメ?」


 詰め寄る様に、静かな闘志を秘めた平城真也はじっと田村沙弥の目を捕らえる。
 早乙女がそんな様子にわざと大きなため息をつこうとした時、彼女は現れた。


「沙弥嬢! 次は障害物だけど出場するのか?」


 天真爛漫。きっと今の彼女を例えるならば、その四文字熟語がぴったりだろう。遠野刹那も感情を切り捨てられる人間であり、さっきの悔しさを微塵も感じさせない笑顔で田村沙弥と肩を組んだ。
 だから、平城真也はさらに機嫌が損なっていく。


「俺、でます」


 彼は飛びきり速い訳ではないが、普通よりは遥かに勝っていた。そして何より、力だけは誰にも負けない自信が彼にはあった。
 最悪の事態を頭に思い浮かべながら、平城真也が遠野刹那に声色で訴える。


「……負けません」


 彼女を絶対に、譲らないと。

 お門違いのおめでたい頭に、早乙女は脱力する。遠野刹那はパチクリと目を丸めさせ、その心意を汲み取りつつも、平城真也の胸板に拳を突きつける。


「よし、じゃあ勝負だ」


 ただし、気持ちは汲み取ろうが、彼女は障害物リレーを純粋平城真也と勝負しようと意気込み、それに応えたつもりだったのだが……。

 残念ながら、今の平城真也には全く違う意味の宣戦布告として受け取ってしまった。