起きたとき、自分がどこにいるのか、一瞬解らなかった。
視界に映り込む白い天井、嗅ぎ慣れた布団の匂い、鳴り響く目覚まし音。
身体を起こし、頭を押さえて記憶を辿る。何か、昨日、とんでもない目にあったよう、な。ガンガンと頭を打ち付けるような頭痛がするのは、恐らく飲み会のせいだ。そう、確か、昨日はサークルの飲み会で、終電を逃して、歩いていたら、確か。


「……、」


はた、と、動きを止める。途端に逆流する記憶、そうだ、どうして、忘れていたんだ。昨日の夜出遭った、派手な髪色の少年のことを。酔いの抜けた今ならわかる。彼は、眼球を寄越せと、確かに言っていた。振り被られたナイフの煌めきも、素早さも、何もかも、嫌というほど脳髄に刻み込まれている。今さらながらに、その事実に背筋が冷えた。どうして昨日の自分は、あれほど冷静であれたのだろう。下手をすれば、死んでいたかもしれないというのに。


「…考えても、仕方ないか」


生きている。五体満足で生きている、今は多分、それだけでいいのだろう。あの少年の口振り、そして手際からして不良の衝動的な犯行でないような気がした。警察に届け出るべきか、否か、けれど通報などしたら、逆恨みで報復されはしないだろうか。どうするのが一番正しいのだろうかと痛む頭を引き摺りながら思案を巡らせつつ、ベッドに身を起こす。今日は休日だ、学校に行く日でもないのに、また寝ぼけて普段通りの時間に目覚ましをかけてしまっている。もういい加減に、しこたま酔って帰ってくるのを止めるべきだと思うのに、どうにも改善されない。しかも、今日は妙に暑い、二度寝に適さない暑さだ。もういい、今日はもう起きてしまおう。酔いの残った身体を引き摺り、ゆっくりとベッドから降り、まずはコーヒーでも飲もうとキッチンへと向かう。氷を一つ、グラスに放り込み、中に注ぐ微糖の甘くないアイスコーヒー。渇いた喉をゆっくりと滑り、静かに冷やしていく感覚に瞳を細めれば、少しだけ身体も軽くなった心地がした。あくまで、心地だが、それでも、知らずに吐息が零れ落ちる。落ち着こう、そう、大丈夫だと言い聞かせるように、手元にあったリモコンを握る。別に何か、見たい番組があったわけでもないが、何となしにテレビの電源を入れた。一瞬の間の後、ぶつという音が鳴り、画面にニュース番組が映し出される。ニュースキャスターがちょうど、遠く離れた県で起こった事故の話を終えたところだった。トラックと乗用車の事故、死者はなし、意識不明の重体が一人。文字だけの情報がつらつらと脳裏を掠め、そのまま大した意味も持たずにすり抜けて行く。特に面白いニュースもないかと、再びリモコンをテレビに向けたところで、湊は思わず目を見開いた。



「続いてのニュースです、最近、通り魔が多発しています。現在までの被害者は三人、いずれも別々の犯行だと思われていましたが、この日新たな共通点が発覚しました。三人の被害者は、いずれも眼球を抉られ――――…」



目の前が、一瞬、暗転した。キャスターの述べる通り魔の特徴、少年染みた風貌、手慣れたナイフの使い手、そして、狙うのは、まず眼球。思わずリモコンを落としたことさえ気づかず、湊はただ、画面を食い入るように見つめていた。昨日、出遭った男が、通り魔だというのなら、自分は、ここにいたら、殺される。背筋に冷たい汗が伝い、知らずに身体が震える。続いてのニュースです、と、淡々とニュースを進めるキャスターの声が、いやに耳にこびり付いていた。