「…冷たい家が、僕の世界の全てだったんだ」


ぽつり、ぽつり。
落とすような声音で、ゆっくりと語る。三十年近く昔のことだというのに、本当、嫌になるくらい鮮明に憶えている。
驚いたように瞳を丸くする梨花ちゃんに小さく笑いかけ、背中をソファに預け、再度口を開き、続きを紡ぐ。




「それでも、僕は自分を不幸だなんて思ったことはなかったよ、むしろこの上なく恵まれてる。あの頃も、今も、その意識は変わっていない。」


それに、いい事だって少なからずあったしね。
…そうだな。
12の時、僕は初めて学校に…というより、ようやく家の外に出た。それまでは家庭教師で、さっきも言ったように、屋敷の外に出たことすらなかったからね。
そこで、僕はシドに出会った。

あの頃は、とても、楽しかったよ。
彼の前では自分を偽らずにいられた、僕は冷泉恭真じゃない、ただの恭真でいられた。他の付随する価値は、意味をなさなかった。
もしかすると、あのまま凛架に逢わずにいた方が、僕はしあわせだったのかもしれない。
まぁ、こんなもしもの話に意味はないんだけどね。
二人に出会って、凛架を失って、そうして今の僕があるんだから、今更、二人がいなかった自分なんて考えられない、想像すら出来ない。
いや、したくない…の間違いかもしれないね。
それだけ、僕にとっては、大きすぎる存在で、僕を構成している要素だと言ってもいい。
だけど、時々思うよ。



たった一人なんて見つけるものじゃない、それが厄介な女なら猶更だ。
特に、男を手玉に取る悪女そのものの女なんて最悪だ、解ってたのに。

仕方ないだろう、好きになったんだ。





「さて、じゃあ、続きを話そうか。僕とシドのこと、それから…死んだ恋人、君と同じ名前の、凛架のことを」




…中学のとき、シドに逢ったと言ったね。
僕らは境遇が似ていた、恵まれた環境、能力、容姿。
だからなのかな、最初から、どこか奇妙な繋がりを感じていたし、僕という人間の歪みに、歪な部分に気付いて、そうして触れてきたんだろうね。