そもそも、僕は恵まれた子供だった。


古くから栄える名家の、それも唯一の跡継ぎとして生まれ、家柄も、容姿も、知力も、体力も、全てが常人とは一線を画していた。手に入らないものなど一つもなかった。自分は特別なのだと幼い頃からわかっていた。
ただ。愛されたことはなかったと思う。


自身の価値は"当主であること"。
ただ、それだけだった。それだけあれば、十分だった。他に価値などいらなかった、必要なかった。


僕は、生まれたその日に当主になった。
母は身体が弱く、僕の命と引き換えに息を引き取ったと聞いた。全く、アイロニーだよ。後を追うように、父もその日に亡くなった。いや、殺された。
だから僕は家族を知らない。温もりなど知らない。
周りにいたのは、僕に取り入ろうとする分家連中や、一族主義で僕をただ崇める人間だけ。ああ、何も不便はなかった。僕が何か言えば、周りの人間が我先にと動く。何より僕の意思が、いや、僕の意思のみが優先された。ただそれは機械的で、自分に寄り添う人間などいない。一人で全てが出来るようになれば、もう誰も僕に触れようとしなかった。畏れ多いことだと言って、誰も寄ってはこない。ただ、傍に控えているだけ。
それが当たり前で、僕はそういうものなのだと思っていた。


家から出たこともない。広い広い屋敷の、その先の世界があることも知らなかった。
まるで、希少な希少な猛獣を飼っているように。
触れることもなく、隣に立つこともなく。誰も望んじゃいないのに、最初から頂点に立たされた。


「貴方様は特別なのです」
「冷泉の頂点に立たれる御方」
「御当主様」
「絶対者様」
「どうぞ、御命令を」


僕の意思で全てが決まる。
人の生き死にさえも、ただの気紛れで決めても何も言われない。
冷泉の当主だから。
絶対者だから。
だから、僕の言うことは、絶対。


…嗚呼、そうか。
自分は特別なのか。
自分だけが特別で、唯一で、絶対。


だから、独り。
ずうっとずっと、独りきり。


「…はは、」


一人、独り、ひとり。
ヒトリボッチ。




「これ、いらない」
「邪魔なのは、お前達が消しておいてよね」
「全部、消せ」


能面のような表情。
表に出るときだけ貼り付ける笑み。
残虐非道な命令。

それでいいのだと誰もが言った。
だから僕には、それが常識だったんだ。