お姉ちゃんと、仲直りしたいの。
唐突に現れた柔らかい印象のクラスメイト、否、クラスは違うから同学年の女子生徒と長々説明するべきなのか。とにもかくも、いきなり現れ、大きな瞳を涙で潤ませて、開口一番そんなことを口走った少女に、遠野刹那は加えていたポッキーを噛み切って手元に落とした。開けっ放しの窓から吹き込む風が刹那の、日本においては大変珍しい銀に近いプラチナブロンドの髪を煽って吹き抜けていく。そしてまた、これも珍しい青と紫のオッドアイが、ぱちくりなんて擬音を伴いそうな緩やかさで、ゆっくりと瞬いた。は?と、高校生男子にしては少し高めのテノールが間抜けな声音を伴って喉から落ち、やがて空気に溶け込んで消えていく。いきなりなんだ、と、机に腰掛け、組んでいた足を降ろして、とりあえずは少女へと向き直る。その机の持ち主である少年、皇琥珀もまた、その名に準じた琥珀色の瞳を瞬かせ、ぽかんと少女を見つめている。何だ、一体。一言も声を交わしたことのない相手からの突然の来訪に驚いていると、途中ではっとした少女が慌てたように口ごもり、俯いて何やら呟いたかと思えば、再び二人を見つめ、きゅっと結ばれていた桜色の唇を開く。
「えっと…私、同じ学年の、旭野璃乃っていいます。その、私今、お姉ちゃんと喧嘩、してて…友達にも相談してたんだけど、中々上手く行かなくて…そしたら、友達が、遠野くんのことを教えてくれたの。凄く優しくて、的確なアドバイスをくれるよって。だから、お願いです、手を貸してください…!」
どうも緊張で先走ったらしい要件を改めて説明されれば、ようやく合点のいった刹那が嗚呼と頷く。彼女のいう友達とやらが知り合いかは知らないが、確かに自分は女子と仲がよく、時折彼女らの相談に乗ってはいた。おそらくその話がよそに流れたのだろうと、刹那は暢気に考える。色彩の奇抜さもさることながら、刹那はとても、容姿がいい。すらりとした体躯と、白人種に近い白肌、怜悧さを感じさせる顔だちに、しかし浮かべるのは柔らかく、底なしに明るい笑み。気さくで軟派気質な性格も相まって、刹那には友達が多く、加えてイタリアの血がそうさせるのか、かなりのフェミニスト。ここで、有名にならない理由は、多分ないだろう。だからこそ、こうして顔も知らぬ誰かが自分を知っているという事態に、いい加減慣れてきている。
お願いしますと頭を下げる、どこか小さな、そう、ハムスターのような小動物を連想させる姿に、刹那と琥珀は顔を見合わせる。
次第に増え始める視線に、少し煩わしさも出てきたのだろう。ぱきん、と、残りのポッキーを噛み砕き、箱を潰して立ち上がる。「琥珀、お前もくる?」「あ、うん、俺もいくよ」そんな短い会話を交わして、二人はゆっくりと立ち上がった。改めて璃乃へと向き直った刹那が、柔らかく甘い微笑みを浮かべて、緊張しっぱなしの璃乃に緩く笑いかける。
「さーて、では…えっと、璃乃嬢?とりあえず、場所を変えて、それから改めて、詳しい事情を伺ってもよろしいかな?」
「えーっと…旭野さん、俺も行って…大丈夫?」
「は、はい!ありがとうございます、大丈夫です。えっと…貴方の、お名前は?」
「あ、ごめん…えっと、俺は皇琥珀。皇族の皇で、すめらぎって読むよ。刹那の友達です、よろしく」
ふにゃり、とでも形容できそうな、そんな柔らかくどこか毒気を抜かれる笑みを浮かべて、瞳とお揃いの髪を揺らし、琥珀が軽く頭を下げる。こちらこそ、と璃乃が続いて頭を下げれば、それを待っていたらしい刹那が、じゃあ屋上にでも行くか、提案を告げ、そうして二人を連れ、教室を後にした。