コラボカプ企画 | ナノ



微妙にエロい
恭真×リサさんミシェルさん唯ちゃんジルダさんの薄暗いハーレム話








あるところに、とてもとても裕福な貴族がおりました。
男は生まれながらにして全てを手にしていたといっても過言でなく、支配できぬものなど一つもないと豪語し、また、それを許されるほどの人でありました。イコンに描かれる聖人や天使にも劣らぬ眩いばかりの美貌と、類稀なる頭脳と、優れた身体能力を有し、おおよそ彼に持たぬものはなく、年頃の姫君達はこぞって彼に気に入られようとあの手この手でアプローチをしかけます。そんな日常でしたから、かの貴族は女性にも事欠かず、自堕落で怠惰な、欲望に任せた日々を送っていたのです。貴族の名は恭真といいました。

ある日、そんな彼の元に、一人の女性が現れました。いいえ、現れたという言い方は正しくありません。彼女の名はリサといいました。
リサは、彼がその日お気に入りだった女性と連れ立って森へと出かけた際に、出遭った女性です。彼女は列記とした人でしたが、人々に理解のない病、吸血病に侵され、故に、街で吸血鬼と呼ばれ、大変恐れられている女性でした。


「…君が噂の、吸血鬼」
「……だとしたら、通報するのかしら」


吸い殺された気に入りの女性になど目もくれず、噛み付かれた自分の首筋に手のひらを当て、恭真が茫然と呟きます。口元が自然と緩んだのは、きっと無意識のものでしょう。常より白い彼の指先は、軽い貧血のせいか、より青白く血管までが透けていて、滴る赤い血潮とのコントラスとが、場違いな美しさをもたらします。口元を血に染めたリサは、吸血鬼と呼ばれるに相応しいほど、妖艶に眸を光らせ、ゆっくりとその血潮を舐め取りました。


「……君、弱ってるだろう」


ふと、恭真がリサを見つめて、緩やかに微笑みます。聖者の葬列にも似たその笑みに薄ら寒い何かを感じて、僅かに身を後ろにしたリサを腕を掴み、そっと彼が囁きました。
「君が僕のものになるなら、匿ってあげよう」
人一人吸い殺さなければならないほどの状態、ここ最近の村人達の沸き立つ様子、彼女が何らかの追手に追われていることは確実です。緩やかな微笑みの真意は、しかし「断れば魔女裁判にかけてやる」の一言に尽きます。賢い吸血鬼はその意図に気づきつつ、思い通りになるのは少々癪だとは思いながらも、彼の提案は魅力的でした。少しだけ、彼女も、ゆっくりと眠りたかったのです。恭真がリサを連れて帰った後、屋敷の中は村人に知られない程度に、上へ下へ、てんやわんやの大騒ぎでした。


何と言うことだ、当主様が吸血鬼に魅入られた。
当主様が吸血鬼をお囲いになられた。


リサは屋敷の奥深く、彼だけが知る地下の部屋へと匿われました。彼の相手をすることを条件に、定期的に吸血も許しました。誰にも命を狙われる心配がなく、血を供給してもらえる楽園の中で、リサは男が飽きるまでは此処で血を貪ってやろうと考えました。




吸血鬼の噂が落ち着いた頃、また一人の女性が、貴族の元へとやってきました。彼女の名はミシェルといいます。彼女は貴族相手に熟練の手腕でもってして、あらゆる男に貢がせるほどの色香に満ち溢れた娼婦でした。何が気に入ったのか、もしくは気が合ったのか、貴族と庶民、客と娼婦とは思えぬほどの親しさを篭めた会話を交わし、彼はまた、彼女を屋敷へと連れ込みます。どうやら彼女は、住み込みの娼婦として、恭真に買われたようでした。


「素敵よダーリンその身体」
「ありがとうハニー君も相変わらず綺麗だね」


まるで愛などない薄っぺらい言葉を愉し気に交わしながら、恭真の膝に乗ったミシェルが妖艶に髪を掻き揚げます。首筋にそっと口付けて、唇で彼女のネックレスを咥え、がちりと歯牙で金属を鳴かせます。なぁに、と、色気で湿らせた声音を落とすミシェルのネックレスのチェーンを落とし、新しいものに付け替えてやり、プレゼントだよと愉し気に囁きます。まぁ素敵!と声を上げたミシェルの声音が、あからさまにその高価さに向かっていたことを面白がりながら、そっと吐息だけで笑います。今朝方、地下の可愛い吸血鬼に吸われた首筋の噛み痕が、じくりと痛みました。




街で娼婦の噂が囁かれなくなった頃、ある一人の少女を、何の前触れもなく恭真が屋敷に連れ帰りました。彼女の名前は唯といいました。彼女は素性の知れない女性でした。しかし、彼は一体彼女、唯の何を気に入ったのでしょう。面白がって、半ば誘拐気味に攫い、屋敷に住まわせてしまいました。最初は反抗していた彼女ですが、恭真が此処が僕の家だよと言って指し示した屋敷の大きさを見て、何を思ったのでしょう、今までとはうって変わって、静かになり、大人しく屋敷へと入りました。きっとこの家の財産が目当てなんだ、と、荒く捲し立てた使用人に、くすりと笑って、恭真は唯の後を追います。「それが何だっていうの」使用人の言う通り、唯は恭真の財産だけが目当てで、決しておとぎ話のように、恭真自身を愛しているなんて、そんなことはあり得ないのです。それでも、唯の狙いになど、恭真はとっくに気づいていて、自分の狙いに恭真が気付いていることさえ、唯は気付いていて、そうして二人は奥の部屋へと向かいました。


「貪欲に我儘放題をして、喚いている子供みたいに無様な君が、僕は好きなんだ」
「悪趣味すぎる」


だからもっと、僕を破産させるくらいにねだってごらんと笑う恭真の上に乗っかって、じゃあ、とびきり大きな宝石のついた椅子が欲しいと囁く唯の後頭部へと手のひらを這わせ、緩やかにドレスを落とす音だけが、地下の楽園に響きました。音も無く恭真の首に、細くしなやかな女の腕が絡みつきます。それがわかっていたように薄ら笑んだ恭真の頬に指を滑らせるミシェルの艶やかな黒髪を指先で梳くと、「じゃあ私は絹のベッドが欲しいわ」と色香でたっぷりと濡れた声音が、鼓膜を震わせます。ベッドに横たわったまま、いいよ、と、軽く笑った恭真の笑気に混じって、ぴちゃん、と、水滴の落ちる音が響きます。いつの間にか、黒髪を撫でていたはずの片手が、頭上へと持ち上げられ、手首に沈められた鋭利な歯牙が、白いシーツに赤い水溜りを作ります。「嗚呼、勿体無い」愉し気な声音に、吸血鬼、リサの瞳が、呆れたように凪ぎました。




最後に屋敷へと訪れたのは、これまでと違って、名の知れた女性でした。名をジルダ、この街、否、ありとあらゆる場所で名声を得る、大衆の憧れ、そう、彼女はオペラ歌手です。彼女を巡り、ファンの間で殺し合いまで引き起こされたとの伝説まで蔓延する、それはそれはうつくしい女性でした。彼女は伯爵です。男性として、とある名の知れた伯爵家を継いだ、伯爵様でした。しかし、彼女は女性なのです。男装し、伯爵家を継いだ、あまりにうつくしい歌声を有するひと、それがジルダでした。彼女が屋敷を訪れたのは、何もおかしな理由ではありません。彼が社交界シーズンに自宅で催したパーティ、そのメイン招待客として、招待状が送られ、そして彼女は屋敷の門を潜ったのでした。

女性の装いで、彼女から奏でられるそのオペラは、まさに絶品の一言に尽きます。その頃には、常に恭真の周りを独占するのは、リサとミシェルと唯の三人になっていました。他の女性にももちろん簡単に手を出して食い散らかしてはいましたが、結局、ほとんどの夜を、彼はあの地下の楽園で過ごしていたのです。彼らの周りには決して愛などなく、薄汚い自分勝手な欲望と、性欲と、物欲と、食欲に塗れ、塗り潰され、それ故に均衡を保ち、屋敷の地下に巣食っていました。舞台が終わった頃合を見計らって、壇上から降りて来たジルダへと、柔らかな笑みで、彼が声をかけます。彼女が楽園へと降りてくるまで、さほどの時間はかかりませんでした。彼女は、ジルダは、名門家の伯爵が女であっても揺るがない、非常に強固な後ろ盾を欲していました。そしてまた恭真も、多くの人々がこぞって追い求める彼女を、自分の手で乱すことを欲しました。


「あのうつくしい君の声は、鳴いたらどんなに綺麗なのかな」
「それは、どうぞ貴方がお確かめ下さいな」


以前、唯がねだった高価な宝石で彩られた絢爛な椅子は、デザインも何もかも任せきりにしていた恭真でさえ驚くほどの、それはそれは絢爛豪華なものでした。元々、金は余りある貴族の道楽です。支払われた金額で、いかに素晴らしいものを作り上げるかが職人技なのでしょう、それが金払いのいい道楽貴族の依頼ならば尚更、次も依頼を貰わねばなりませんから、気合の入り様もことさらです。結果として送られてきたそれは、恭真が座ってもまだ余りある大きさで、面白がって全員が思い思いに椅子に乗っかり、そうしてようやく、少し狭いなと感じさせるだけの密度になりました。

思ったよりも凄いのがきた、と、笑いながら恭真の背中に体重を預ける唯に、気に入ったかいと笑い返し、適度に調整して、体重をかけて押し潰します。苦しいー、と、抗議の声が上がるも、それはどこか可笑し気な笑気の篭ったものでした。まるでじゃれ合いのように、柔らかなやり取りは、きっと、愛がないからこそのものなのでしょう。新しく贈ったドレスを着て、似合うかと膝に乗って感想を急かすミシェルと、ドレスの露出度の高さに、こんなのが好みなのかと、やっぱり呆れたような表情を隠さないリサを、交互に撫でてとても綺麗だねと、男が笑います。君にはどれが似合うかな、なんて、そこらに散らばる装飾品の数々を見やって、吐かれた言葉は、どこまでも堕落に満ちていました。

そこに愛はありません。誰も彼もが、自分の欲に従って、欲望の為だけに、そこで駆け引きに戯れるのです。
際限などありません。男の愉悦も、女の吸血欲も、性欲も、物欲も、権利欲も、そこに天井など存在せず、誰も彼もが楽園の終わりを拒みました。
屋敷の暗い地下で、ただ一つ、バラバラな彼らの望みが、絡み合った一つになった瞬間でした。


それから彼らは、薄暗い楽園で、ずっとずっと、終わることのない狂宴に興じましたとさ。
めでたし、めでたし。














「ねぇ、お爺さん、あの屋敷には誰が住んでいるの?」
「愚かな貴族と貪欲に狂った女達が。だからね、お嬢さん、あの屋敷には近づいてはいけないよ」


地下室の楽園に入ったら、出てこれなくなってしまうからね。

おとぎ話でも語るように、老人が幼い少女に言い聞かせていた。否、実際におとぎ話なのだろう。長い、長いときの中で、屋敷は荒廃し、全ては物語になってしまったのだ。けれども一人だけは知っている。願いを叶える蛇だけは知っている。今も屋敷の地下に広がる狂宴の惨状、一人の男は享楽を望み、ある女は富を望み、ある女は快楽を求め、ある女は権力を欲し、またある女は血潮を欲しがって、築かれた腐敗の不夜城は、今もあの屋敷の地下で、望み通りのものに塗れて、願いが絡み絡まって解けなくなって、一夜の夢から醒めることが出来ずにいる。


嗚呼、なんて愚か。
金色の目を持つ蛇が哂った。