……。おや珍しい、異国のお客さんだね。よくあたしを見つけられたねぇ、こちとら所在不明で有名だってんのに。
え?悪神様のことかい?ははぁ、またなんだってそんなゲテモノを。嗚呼、今月はあんたで二人目だよ、あの一族のことを聞かれたのは。

さて何を聞きたい?
資産かい?内部構成?弱点?……ははぁ、それか。まぁいいさ、ただし、ちょいと値は張るよ。あたしもそれなりにやばい橋渡って、この情報を拾ったんだ、これくらい貰わないと割に合わねいさね。嗚呼、気前がよくて助かるよ、旦那。

で、何だったか…嗚呼そう、あっこの家庭事情ねぇ。
まぁとりあえず、まともではないよと言っておこうかねえ。え?嗚呼、そうそう、案外その噂は出回ってんだねぇ。
近親相姦。
何のことはない、あっこは、近親婚を繰り返した一家なのさ。あたしの知る限り、もう何十代も昔から、近親婚が当然のように行われてる。あんたの言う今代ご当主様も御多分に漏れず、近親相姦の子だよ。そう、冷泉閑さ。

ひひ、あっこの家は、揃いも揃って狂っちまってるのさ。
神か何かのように、当主を祀り上げ、近親交配を強要し、正気の沙汰とは思えないね。実質、当主になる子供が特殊なもんだから、あれはまた性質の悪い。

え?何が特殊なのか知りたいって?そいつぁ別料金だよ、こいつもお高い情報さ。…ひひ、気前がいいね、あんた、西洋の名門かなんかかい?
いいや、余計な詮索はしないさ、あたしゃまだまだ長生きしたいんでね。
…絶対者。あたしらの間じゃ、この呼び名が一般的かね。一昔前では、悪神、邪神、なんて呼び名もあったもんだが、こっちで呼ぶ人間は、今んとこあたしらの世代くらいまでだよ、今の若いもんは、呼ばないね。
絶対者、ってのは、まぁ、文字通りさ。その存在は絶対的で、言葉に強制力を持ち、例え何をもって傷つけようとしても、ありとあらゆる偶然でもってして、その脅威は排除される。

人間は変わらないよ、その昔、呪術的な力をもった巫女が崇め奉られたのと同じ手順を踏んでいるだけさ。あんたあそこに喧嘩売りにいくつもりかい?嗚呼、やめときな、触らぬ神になんとやら、下手に突っつくのはおすすめしないよ。

そう、やるんなら、ここを使わんとね。頭だ。
先の話に戻るけどね、そのご当主、今、金色の駒鳥を手に入れて、ご満悦だそうだよ。どこで買ってきたのか、拾ってきたのか、はたまた攫ってきたのか、それはもう、目に余る溺愛ぶりで、婚約者に見向きもしないほどだそうだねぇ。
嗚呼そう、溺愛だ。偏愛と言ってもいい。
翼を追って、籠に放り込んで、ただ愛でるだけ。愛ってのは暴力だよ、旦那、そこを見誤っちゃあいけない。
愛が強ければ傷が増える、愛し尽くせば傷だらけだ、それだけ傷ついた駒鳥が逃げないように、逃げられないように翼を折った、鳥籠に閉じ込めた。可哀想な駒鳥は、飼い主に縋るしか手立てがないだろうよ。そうして得たものが何だったのかなんて、狂っちゃいないあたしらにゃあ、到底想像すら出来ないんだろうねえ。


旦那、あんた、行くのかい。
ほう、あんたの主がか。きひひ、そいつぁ傑作だ。忌避された殿上人に、一発弾丸でもくれてやんな。
悪神を殺した奴は英雄だよ、世界が欲しがった英雄だ。そいつがあんたの主にとって、幸せかどうかは、知らないけどね。
嗚呼そうだ、最後に一つ、いい情報をオマケしてやるよ。行くんなら古参の女中にわざと見つかんな、駒鳥を引き取りにきたと言えば、喜んで入れてくれるだろうよ。

何故かって?
そりゃあ、一番最初にあっこの事情を知りたがったのが。冷泉家の崩壊を危惧した、分家の使用人だったからさ。











「……何だ、これは」


机の上に並べられた資料を手に、呆然とカインが呟く。忌避された一族、悪神、近親相姦、精神に異常、強固な当主絶対主義、当主が執心の駒鳥、鳥籠、監禁、一族分裂、対立、婚約者、壊れた駒鳥。何もかも、自分の知る状況と違う、何だこれは。これらの膨大かつ、ひた隠しにされていただろう情報を迅速に調べ上げた有能な執事が、一枚の写真を取り出し、そっとカインへと差し出す。写真を受け取りながら、カインは無意識に、ごくりと喉を鳴らしていた。



「……リア……」



鈍い、殴打音。机の上に叩きつけられたカインの拳が、僅かに震えている。ぎりと噛み締められた歯牙が、擦り合わされて不協和音で鳴く。溢れ返った感情を必死に抑え込もうと食いしばるカインをじっと見つめていた執事の瞳が、空気を切り裂くように煌めいた。

生気のない、濁った瞳。写真越しでもわかる淀んだ気配に、心なしか痩せ衰えたようにさえ見える身体を着飾るドレスが、いっそ滑稽だ。鳥籠と呼んでも遜色ない牢染みた部屋には光など碌に入り込むようには見えない。こんな部屋に長くいたら、気が狂ってしまいそうだ。どれだけ彼女は、ここにいたのだろう。どれだけの時間、この暗い鳥籠で、絶望を見たのだろう。どれだけ、彼女は、この男に弄ばれたのだろう。


「旦那様、こちらを」
「……」
「…お行きになりますかな?」
「……そう、だね」


ゆる、と、執事が笑う。カインに、愛用の剣を差し出し、一礼した後に、彼がそっと扉を開ける。支度は整っております、と、当たり前のように言ってのける何もかも用意周到な執事に、小さくカインが笑えば、いつもの微笑を返される。ぐしゃり。カインの手のひらで握り潰された写真の中で、閑が緩やかに笑っていた。