ヤンデレ梨花
リンカイ?






ぽたぽたと液体のようなものが頬にかかる。 それが何かはわからない、 ただ光り輝く滴が自分の頬にかかるのだ。
つめたくはなく、 生暖かい、 水の様な感触。 それがリズムを刻むようにぽろぽろと上から流れ落ちる。 上に視線をゆっくりあげると2つの眼と目線があった。
殺気にしては手ぬるく、 親しみを込めるにしては中々に痛々しいそんな目線が私を見つめていた。 光り輝く滴はぴたりと止み、 ただ2つの瞳がじっとこちらをみていた。
うす暗い視界に目が慣れていく、 だんだんと形がうっすらとみてきてそれが人だということが分かった。 頬にわずかにかかるのは目の前の人物の髪の毛だろう手を動かしかるくすくった。
さらさらと絹のようなやわらかい髪、 ぎゅっと私のシャツを掴む感触がする。

誰……? って言えば思ったよりも喉が渇いていたのだろうカラカラに乾いた声が部屋中に響き渡る。
自分とはちがうごくりと唾を飲み込むような、嗚咽を噛みしめるようなそんな音が聞こえる。
声からして女性なのだろう、 目の前の人を茫然とみていた。 
スススっと華奢な手がクビに触れ、 小さな両手が私の首をゆっくりとしめた。 抵抗する気なんて起きない、 むしろそれを望んでいたかのように体は拒絶反応すら起こさずに
ただ黙って目の前の人物からの死を待った。
心臓の音がだんだんに高まってくる、 頬が紅潮し、息がうまく出来ない。 自分の口からはぐもった荒い声が漏れる。
意識がなくなる瞬間影が呟いた。

「    よ」


そんな夢をみた。 シーツから飛び起き、 体からは全身に汗があふれでている、 ほほについた汗を腕で軽くぬぐい窓をみた。
鳥のさえずりが聞こえ、 白いカーテンがゆらゆらと楽しそうに動いていた。 やっとのこと酸素が脳にいったのだろう大きなため息が部屋に籠る。

「伯爵……?」

ドアの向こうからドアをノックする音が聞こえてきた。 何も答えずにいるとゆっくりとドアノブがまわり一人の少女がひょっこり顔を出した。
こちらの視線に気がついたのか少女はゆっくりと微笑みおはようと答えた。
つたないイタリア語だった、 もしやこの子は他の国のものなのか? 茫然と見ている私を不思議そうに眼があくくらい見つめていた。
目を離し、 おはようと返すとまた少女がにっこりと嬉しそうにほほえんだ。

「今日の気分はどう?」

「……君は?」

ベッドにもぐりこみ、 私の隣にくる彼女。 この子は誰だ? あの子たちにしてはいささか大きすぎる、 そう口にすると
困ったように眉毛をしかめた。 あの子たちとは誰だ? 私にはそんなものいないはずだ。
自分の口から自然とこぼれた言葉に動揺を覚えた。 そんな様子の私をみて少女が悲しそうにつぶやく。

「また、 忘れた? 覚えてない?」

「どこかで会った……?」

ふるふると首を横にふり、 もういいよと私の胸に頭をつけた、 少女はただ静かに私の手を握りしめ、 小さく息を吐く。


「……頭が痛いな」

「水もってくるわ、 待ってて」

パタパタと走り去っていくのを茫然とみつつ、 部屋を見た。
見たこともない絵画、 装飾された壁画、 壁に立てかけている銃や剣……よほどの金持ちだと言えるだろう。
あの少女の持ち物としては不釣り合いだった。 となるとそのこの両親の部屋か? 見慣れない部屋に戸惑いつつ何も覚えていない自分に苛立ちを覚える。
私は誰だ……?

その質問すらも答えられない、 身分も、年も、出身もわからない。
ただイタリア語はわかる、 口からこぼれるのは慣れたようなイタリア語。 ならば私はイタリア出身なのだろう
調べようにも情報が乏しすぎた。 何もわからない苛立ちに思わず舌打ちしそうになったが口をつぐんで代わりに重いため息が出た。
とにかくあの少女が手掛かりだった。
動こうと重い腰を上げようと思うとじゃらっと鈍い鎖の音がした。
っつと息を飲み、 後ろをみた。 ベッドに繋がれた鎖が自分の腕に絡みついていた。 な ん だ こ れ は ?
思いっきり引き千切ろうとするが人間の力で鎖をどうこうする力なんてない、 ただ腕にじわりと痛みが増すばかりだ。
状況が理解できず、 頭が痛い。 心臓が高鳴るのを抑えつつこの状況を考えた。
簡単に言えば私は監禁されているということだろう、 誘拐または殺す為。 嫌な予感が脳裏に浮かび青ざめる。
このままだと危ない、 そう脳が警告していた。

まずは鍵を探さなければいけない。

「可能性は低いが探すしかないようだ」

口元に手を当て考える、 少女は先ほど水を持ってくるといったその前に逃げる方が得策だろう。 
話を聞く前に自分の安全を確保した方がよさそうだ、 手で届くだろう距離にあった棚に手を出し引き出しをあける。
1段目は何もなく、 2段目は薬が沢山入っていた。 中身は睡眠薬に近いものだった詳しくはしらない。
3段目になると真っ黒い手帳に目が入りページを何気なくひらいた。


**月**日
今日は体調が悪い。
薬をいつもより服用した。ツバキが横で心配そうに見つめる。
心配ないよって言ったらよけい心配させたみたい。



どこにでもある普通の日記、 なにげなくぺらぺらとめくるとピタリと手がとまった。

**月**日
私の日記を見る。どうやら前に日記を書いていたみたいだ。
だけども、私には心当たりがまったくない。


日記の主は自分が日記を書いていることを忘れているようだった。
もっとページをめくり日記を読んだ、 だんだんに忘れていく書いている人物


**月**日
日記を見つける。気が狂ってきそうだ。
**月**日
日記を見つける。気が狂ってきそうだ。
**月**日
日記を見つける。気が狂ってきそうだ。
**月**日
日記を見つける。気が狂ってきそうだ。


文字は支離滅裂になってき、 滲んで文字が読めない。
最後の言葉も読めず茫然とみた。
次のページは真っ白だと思ったら続きがある、 だがそれはこの日記を書いていた人物ではなく女性のような丸い文字の日記だった。

××月××日
優しくするから悪い


××月××日
彼が忘れていく、 どうしたらいいのかわからない


××月××日
ならばいっそのこと……


「何、 してるの?」

びくりと肩が揺れ、 思わず手を離し手帳が床へと落ちる。 目にしたページに思わず顔をしかめた。
開いたページは真っ黒に塗りつぶされており、 まるで苛立ちからペンを握りしめぐりぐりとかきなぐったそんな感じだった。
床に落ちた手帳をゆっくりと取り上げ少女が私に渡した。

「落しちゃだめだよ」

ふふっとふんわりと笑い、 私の隣に座る。 
思わず避けると少女がきょとんと眼を丸めた。
警戒されているとわかったのだろう少女は持ってきた水を自分の口に含み飲み込んだ。
そして残りの水が入ったこっぷを渡す、 毒は入ってないよと言いたげだった。 視線をそらし「いらない」と答えればそうと小さく呟き机にコップを置く。

「君は何がしたいの?」

彼女の腕を掴みそう尋ねると、 少女の顔は無表情になり私をただ睨んでいた。

「ふふ……あなたが悪いの」

ぽつり息を吐くようにつぶやいた少女の瞳は何も写し出していない、 ただ暗い闇が映っているだけだった。


「酷い、だって、酷わ、優しく、するから、 勝手に死ぬなんて許さない……うっ責任とってもらうから何度忘れたって
だって、 優しくしなければよかったのに 好きじゃなかったらっふればいいのに 優しくするから 期待しちゃうもの……
ふふっここなら誰も来ないし、 誰にも邪魔されない。 協力してもらったの、 だって毎日忘れるんだものだから毎日思い出させようとしてっ
でも思い出さない、 なんで? なんで思い出してくれないの! どうして好きっていってくれないの!!?」

絶境とも近い悲鳴が鼓膜をゆすぶった、 鎖を引っ張られ重力に勝てず、ベッドに倒れ込んだ。
少女が乗り上げ、 天井の光を遮る。 2つの眼から溢れ出る涙が私のほほへとかかった。


「やだぁっ……!! 他の人の物になるのはいやだっ
私がっ私の……うぅっ」

ぽたぽたと冷たい感触が頬にかかる。少女の2つのまなこからは殺気にしては手ぬるく、 親しみを込めるにしては中々に痛々しいそんな目線が私を見つめていた。 
光り輝く滴はぴたりと止み、 ただ2つの瞳がじっとこちらをみていた。 私は頬にわずかにかかる髪の毛だを動かしかるくすくった。
さらさらと絹のようなやわらかい髪、 少女がぎゅっと私のシャツを掴む感触がする。

「あなたが悪いのっ」

まるでだだをこねるように鳴きやまない少女が乱暴に華奢な手で私の首を絞めた。
呼吸がままならず、 思わず顔をしかめた。 動揺と混乱、 どうしたいいのかわからないだが止められないそんな手つきだった。
胃液がこぼれ落ちそうになるのを抑え、 少女を睨んだ。

「っカ……リン……カ」

自然とこぼれた名前は誰の名前だろうか、 少女の瞳からぽたりとしずくがこぼれ落ちほほえんだ。

「大好きよ」

その顔はどんな女性よりも儚く、 色気を帯びた女性の笑顔だった。


また日が巡る。
倒れた伯爵を見下ろしながら梨花はじっと彼をみていた。
口元には吐血しただろう血があふれ出ている。 そっとそれを手でぬぐいとり、 悲しそうにみつめた。

あなたがいけないの、 忘れるから
まってるのにずっと待ってるのに……


また明日になれば忘れるのだろう、 いくら体でつながろうとも忘れてしまう。
無理矢理にやればやるほど彼は拒絶して忘却してしまう。
だが私にはどうしたらいいのかわからなかった。
このまま死なせたくない、 ならばと棚から薬を取り出す。

梨花は持ってきたのみかけのこっぷをとりだしくちにふくむ、 そしてゆっくり彼の唇にふれた。
舌で口を広げ、 薬を飲み込ませる。 上に顎をあげ喉からごくりと飲み込むのを確認すると口を離した。
先ほどより幼くなった彼の頭を撫であげた。
さらさらと自分より短い髪の感触を心地よく感じながら軽く髪にキスをした。

「おやすみなさい」


また日は巡る、 誰にも止められない歪んだ日々はいつしか少女の精神を蝕んだ。
もう元には戻れない。