泉の方からざばざばと水を掻き分ける音がして振り返った。
ずぶぬれの2人がこちらに向かってきている。

「……まったく融通がきかないようね兄さんは!
冗談くらい水に流したっていいじゃない!」

「だからっていきなり背中を蹴って突き落とす奴がどこにいるんだよ!!」

「ここにいるじゃない」

「……バカか! 一辺病院いけ!!」

……どうやらまだ終わってなかったようだ。

「まだやってる」

先ほどの落ち着いた2人を見るとなんとも言えなくなる。
思わず苦笑してしまった。

「夜美タオル」

「他に言う事ないのかよ」

「……ずぶ濡れの僕もかっこいいでしょ?「ナルシストか!!」
あはははは!! それしか言えないのかよ!!
夜美ツッコミセンスないねー」

「う、 うるさい!!」

夜美ちゃんがタオルを持って地面に座り込んだオズさんの頭を掴み
乱暴にオズさんの髪の毛をふく。
「痛いんだけど、 髪痛んだら夜美のせいだから」
そう悪態をつきながらオズさんが目を細めて呟いた。
三つ編みがとれ長い黒髪が地面へと落ちる。
目をつぶればジャックさんと見分けがつかない。
やっぱり双子なのだろう。

「由季」

そう声が聞こえ、 私は振り返った。


「何やってるんですか!」

見た瞬間目を見開いた。
ジャックさんは首を傾げ「濡れてて気持ち悪いから」と淡々と答える。
濡れたワイシャツを脱ぎ、 茫然と私を見ていた。
これは心臓に悪い、 オズさんでも脱いでないのにちらりとオズさんを見つめたら。

「兄さんはすぐ服脱ぐからねー」

とわざとらしい棒読みが返ってきた。

「オレ変な事してるか?」

濡れたワイシャツを搾りながらキョトンと首をかしげる。
男性の裸、 しかも好きな人の裸である。
直視なんてできない、 ドキドキと心臓が高鳴り目をつぶる。
ふいに耳元から声が聞こえた。

「タオルくれ」


「はい!!」

手に持っていたタオルをジャックさん顔目掛けて押し当てた。
もごっと声が聞こえたけど気にしない。
目のやり場に困る。
目線がジャックさんの下にある地面にむいた。
頭上から「Grazie」とぐもった笑った声が聞こえる。


「あー冷てぇ」

「兄さんのせいで会議遅れたー」

「オレのせいにするんじゃ「はい、 ストップ!!いい加減にしろお前ら!」」

また兄弟喧嘩が怒りそうなのを夜美ちゃんが止める。
オズさんが夜実のくせに生意気と呟き、 ジャックさんが困ったように顔をしかめた。

「帰りましょうか」

天気はいいといってもまだ夏にもなっていない。
冷えた体のままでいると風邪を引くかも……そう思った私が提案をする。
夜美ちゃんも軽くうなずき、 片づける準備をする。
ガサガサと物をたたむ音が聞こえる中、 ジャックさんが泉をみていた。

「どうかしましたか?」

「……指輪落した」

目を細めてジャックさんが小さく呟く。
ジャックさんが言う指輪はそこらへんに買った指輪何かではなく、 家に代々引き継がれている指輪の事を言っているのだろう。
つまりは一大事である、 さぁっと顔が青ざめた。

「それって大変じゃないですか」

「あぁ……うん」

「落したんじゃないの?」

タオルで髪をふいているオズさんが悠長に答えた。
そうかも、 そう呟くやいなやジャックさんが泉の中へと飛び込んだ。

ぶくぶくと気泡が水面に上がりなかなかジャックさんが上がってこない。
地面へとしゃがみこみ水面へと顔を近づける。
透き通った綺麗な水だったけれどそこがみえないずいぶん深い様で彼の姿が見えない。
不安であわあわと泉と荷物を交互に見た。

ふいに、手に冷たい感触がした。
「え?」
腕を見るとまっしろい男性の手が私を捕えていた。
悲鳴をあげるまえに恐ろしい力で泉の中へと引きずり込まれる。

ごぼごぼと気泡があわただしく水中をかき乱した。
急にくる水の感触でびくりと肩を震わせる。 未だ腕を掴まれている感触がして気持ちが悪い。
口を開こうと思えば水が少量入ってきて急いで口を閉じた。

目もあけられず、 なんとか上へ這い出ようとすると両腕を掴まれる。
微かに目をあければごぼごぼと聴こえる水の音と微かにみえた黒い髪の毛がみえた。
ふいに唇に暖かい感触がする。

思わず離れようとすると返って引き寄せられた。
腰に手をあてられ、 なすがままの状態が続く。

一気に酸素がなくなる感触がして、 気を失いそうになる。
手に力が入らなくなって、 意識がなくなりそうになると掴んでいた腕が勢いよく水面へと持ち上げる。

「ゲホゲホッ!!」

「由季大丈夫?!」

急に入ってきた酸素を思いっきり吸って一息つく。
まつ毛に乗った水滴を手でこすり、 目の前の人を見上げた。

「指輪あったぞー」

オズさんに見せるかのように右腕をあげ日の光によって色が変わる宝石がちりばめられた指輪をみせた。
そして私に視線を下ろすとしてやったりとにやりと笑う。
水滴がきらきらと光り思わず水面に顔を埋めた。
ぶくぶくと気泡がこぼれる。

あぁ、 もう適いそうにないや。
赤面した顔をみせたくなくて下を向く。
それからジャックさんにお姫様だっこされて屋敷に戻ったとか夜美ちゃんとオズさんでひと悶着あったりとか
カインさが熱中症で倒れたとかいろいろあったけど

「よそ見すんなよ」


走馬灯のように駆け巡っていた記憶から覚め、 現実世界へと戻った。
ジャックさんの口元がにんまりと笑っている。
嫌な予感がするが蛇に睨まれた蛙のようにまったく体が動かない。

にっこりと笑ったジャックさんが私をみた。
風邪だから安静にしてくださいそれを言う勇気は今の私にはなかったのでした。