「親切な人がね、一日私と体質をかえっこしてくれたんだ!」


 ニコニコと笑みを浮かべている夜美さん。だけどごめん。理解出来ない。
 身長は変わらないけれど、手とか、腕とか袖から見えた時スッゴいムッキムキなんだけど。誰と体質交換したんだ。


「あとねーなんか変なのは」
「夜美さんなんかよく分かんないけどそれはアウトだ」
「……そう?」


 こてん、と首を傾げた夜美さんだが、のちに何か用事があったかのようにどこかへ行ってしまった。
 そんな夜美さんと会話をしていたのは、薄気味悪い屋敷の前。屋敷にお化けがでるという噂に私達が、その……偵察に来て、真偽を……確かめに……。


「たーむらさんっ!」
「ひやぁあ!?」
「!? かわいっ……じゃなくて、ど、どうしたの?」
「入る前からびびってるわけ? なっさけない」


 平城がいきなり抱きついてくるから悪いんだ!! 未だに抱きつこうとする平城を剥がしながら、ため息をつく早乙女にびびってないと反抗するけど、ならいいけどと興味も無さそうに返すだけ。悔しい。


「よーっす、沙弥嬢! 平城! 早乙女!」
「こ、こんにちは……」


 ペコリとお辞儀をする可愛らしい顔つきのわりに男な皇琥珀君に、銀髪でオッドアイなイケメン遠野刹那くん。屋敷の視察の話を聞いたら、刹那がノリノリで、琥珀が危ないと刹那についてきた感じだ。
 平城はどうやら刹那に敵意があるらしく、ギロリと珍しいくらい険しい顔つきになる。早乙女はまた、深いため息をついて私達を促した。


「ほら、行くよ」


 この時の私達は知らなかった。この屋敷には、お化けよりも恐ろしいものが住んでいたなんて……。


▽△


「く、暗いね……」
「琥珀、足元危なかったら服掴んでていいからな。沙弥嬢はエスコートしましょうか?」
「田村さんのエスコートは俺が未来永劫するから必要ないよ」
「……笑顔で言うことか……?」
「喧嘩しないでくれる? 耳障りなんだけど」


 早乙女を先頭に、というかずかずかと先を進んでいく早乙女に、刹那と平城が並び、琥珀と私が隣の順に並んで屋敷を進んでいく。
 屋敷の中はじっとりとしているわりに、何処から風がはいっているのか、秋風みたいに肌寒かった。内装も外装と同じように古く、床の板は軋み、壁の隙間からムカデが這う。ただ、隙間と言えど光が差すことがないから、ほぼ真っ暗で、早乙女が持っていた懐中電灯が道しるべに周りを照らすだけだった。


「や、やっぱり止めたほうが良いよ……刹」
「しっ」
「何か……いる」


 刹那と平城が、闇の向こうを睨みつけ、誰一人動かなかった。
 なのに、ぎしって板がきしむんだ。

 それは、ゆったりと。
 ぎし、ぎしりとリズムをつくり。
 時に、途切れる。


『……――』


 そして、その音が、こちらに近づいてくる。


『……い……ね……』


 そして、ぼんやりと揺れた白い女が、にたりと笑った。


『リア充は……いねがぁ……』
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「でたぁあああああああああああああああ!!」
「沙弥ちゃぁあああああああああああん!!」
「琥珀!!」
「鼓膜を潰す気か!?」


 失神した琥珀を脇腹に抱え、私は自分の持てる力を振り絞って後ろに逃げ出そうとしたら、床がバキリと音をたてて崩れた。軽くなる体に、平城が上から手を伸ばしてる。
 だけど、私は落ちていく。

 琥珀と私は、闇に包まれてしまった。



「沙弥ちゃんが! 沙弥ちゃんがぁああ!!」
「落ち着け! 平城!! 琥珀がいる! 沙弥嬢は大丈夫だ!!」
「何で止めた!? お前が止めなければ沙弥ちゃんを守れた!! 殺す。殺す……!!」


「あ、そこにリア充がいるよ」
「リア充ハッケーン」
「ごご、ごめんなさい!! 刈らないで!! 沙弥ちゃんに嫌われちゃう!!」


 ケタケタと笑う先程の白装束を着衣した女は、お化けではなかった。……お化けの方がよっぽどよかったんだけどね。
 バリカンを片手に、藁人形を持ってる女は鷹野唯。正直いって関わりたくない女だ。


「とはいえ……唯嬢。なんでレディー一人でここにいるんだ? 危ないだろう」
「私をレディー扱いしてくれるんだ。あ・り・が・と・うー。さぞリア充生活してるんだろうねぇええええ?」
「あ、や。俺なんかより唯嬢の方が魅力的」
「そーいうのいいから。髪だせよ」
「いっ!?」
「いい加減にしなよ、鷹野」
「あん? 反抗する気?」


 僕にガンをくれる鷹野とにらみ合いをする。平城は平城で遠野を今にも襲いかかりそうな勢いだった。ああ……田村がまともならなんとかなったかもしれないけど居ないしな……。


「……鷹野。君は何でこんなとこに居るわけ?」
「そんなのどーでもいいよねお前の髪刈れば存在理由もできるよねってことで髪差し出せや」
「例え、僕が坊主になっても君に許しなんてこわなぐっ!!」
「早乙女!?」


 お腹を蹴られたからか、何度か咳き込んでしまう。ざまぁみろとばかりに見下す鷹野に、僕は馬鹿馬鹿しくて笑った。


「こんな可哀想な女、どうでもいいや。行こう」
「それは頂けないな、早乙女」


 今度は鷹野の前に立ちふさがる遠野。全く、フェミニストはこうだから。
 だけど、逆に効率的なのかもしれない。鷹野のフォローに遠野が回ればいい。僕と鷹野が離れれば、平城と遠野のバラバラになる。


「……勝手にしなよ。僕は……田村を回収して目的を果たす」
「あ、まっ、待って早乙女……!」


 計画通りだ。こうすれば、うまくいく。 
 だけど、遠野は僕の腕を掴んだ。その握力は血が止まりそうなほどだった。遠ざかろうとしたのにと遠野に顔を向けると、遠野は信じられないことを口にする。


「今、バラバラになったら誰が安全かわからねぇ。勝手に行動するんじゃねぇ」


 ……せっかく、気を回してやったのに。
 忌々しげに遠野を睨み付けると、遠野は続ける。


「唯嬢はやり過ぎだ。脅かすにしろ、沙弥嬢や琥珀が怪我しているかもしれない。だからといって平城は冷静にならねーと沙弥嬢すら見つからねーぞ。怪我して見つけたとして沙弥嬢はどんな顔をする? 俺は悲しむレディの顔なんてみたかねぇ。早乙女は確かに正しいが、言い過ぎだ。もっとオブラートに包め」


 それは、確かに正論だった。
 そして、事態を緩和させる僕にはできない手だった。
 鷹野は田村や皇を悪くは思っていないし、罪悪感だってある。だからこそ熱がさめる。平城なんか田村を使えば一瞬で機嫌が変わる。僕は……僕は……。


「まぁ、気楽にいこーぜ」


 ポンと僕の頭をこずいた遠野だったが、表情は厳しいものだった。おそらく、田村や皇を心配しているんだろう。


「……バカだね。君だけに任せるわけないでしょ。だいたい僕の問題は、僕が解決する」
「なーに青春してるんですかー? ……くさいくさいくさい。ああああもう!! 手伝えばいいんでしょ!」
「鷹野さん……!」
「ただし後で平城や遠野にはプロマイド手伝ってもらうよ」
「え゛っ」


 鷹野と平城を鎮圧化し、とりあえず田村と皇の救出を最優先することにした。空いた穴は暗く、迂闊には落ちられない。そうすると、鷹野が奥に下へ降りる階段があることを口にした。


「へぇ。唯嬢はこの屋敷に詳しいんだな」
「いや、私も昨日きたばっかりなんだけどね……ひよこくんと川村と」
「えっ。二人はどうしたんだ?」
「さぁ。なんか人のことお化けだなんだ言ってどっか言ったよ……チッ」


 鷹野の機嫌が悪いのって、二人のせいなんじゃないのか。まぁ、そんな恰好していたらお化けなんて……ん?


「……鷹野、その恰好、いつからしてたの?」
「今朝からだけど? パジャマだからね」
「そっ、それパジャマなの……!?」」
「何か文句あるのかなぁ? クマくん?」
「い、イエ……」


 鷹野や平城は何時も通りだったけれど、遠野は僕が思っていることに気がついたのか、恐る恐る口を開く。


「……唯嬢。ちなみに、柴田と川村が消えたのは何時だ……?」
「あん? ここについて一時間くらいかな」


 平城も、違和感に気がついたのか場の空気が凍りついた。
 鷹野はことの矛盾に気づいていないらしく、顔をかしげている。


「早乙女!!」


 急に僕の腕を引いた平城に、遠野と鷹野の点になった目の先に顔を向けると、そこには恐ろしい巨体がいた。
 卵みたいな白い肌に、ふっくらとしつつも筋肉がしっかりとついていた。その物体は壁の上から上半身だけこちらに手を伸ばしていて、あと少しで僕が捕まっていたことに気がつく。そして、その人かもわからない生き物は、にったりと笑う。それが影で見えない目元を逆に不気味に見せた。

 ここに田村がいたら悲鳴をあげていたのかもしれないが、この場にいる奴らはそんなことはしなかった。
 遠野が足を振りかざし、平城が拳をそいつに向かって繰り出したのち、平城は僕を、遠野は鷹野を担いで走り出した。


「なんなのあれ!! なんなのあれ!?」
「この館のなんらかな主かな」
「平城!! 唯嬢を頼む!!」


 平城に鷹野を担がせた遠野が僕たちがたどってきた道に立ちふさがり、背後にいるだろうさきほどのバケモノを待つ。


「そんなことしなくても私がコレ(バリカン)で……」
「アイツはげだったけど!?」
「……なん、だと……?」
「そういうことだな。お前らは沙弥嬢と琥珀、川村や柴谷を見つけてここから逃げろ」
「でも、それだったら君が……」
「心配すんなって。俺なら大丈夫さ」


 この場合、どうすればいいのか。
 簡単だ。遠野を切り捨てたらいい。それだけでも他のやつの生存率があがる。
 そう。ここは進めばいい。ただ、それだけなのに。

 でも、ここで残るというのは僕のエゴだ。
 それは、平城にも、鷹野にも、皇や田村にも関わる。


「平城、行け」
「でもっ……!!」
「早く!!」


 遠野を背にして、平城は走り出した。
 最後にこちらににかっと笑いかけてきた遠野の顔は、いやでも頭から離れなかった。