氷みたいな感じだった。苗字通りな印象なんだろう。
そのアメジストの瞳には私なんて映っていない。映っているのは、オズだけ。
「だから、ほっといてよ」
「お前警戒心あるでしょうが!」
「だからってなんでボディガードなんて雇わなきゃならないのさ。そいつらに殺されるかもしれないだろ」
「そこは私が信頼できるやつを、」
「お前の紹介する人間なんて信用できないね。というか、君知り合いとかできたんだ」
「こっ。こんのぉおお……!!」
ある出会いから、私は必死にオズに護衛の話を持ちかけているのに全く相手にしてくれなかった。私の勘では、あの男はきっとオズと同じで楽しければなんでもするやつだ。罪悪感なんてきっとない。
ぎりぎりと歯と拳を握り締めていると、オズは呆れたように私を見上げていた。その様子に気がついた私は目を丸めてしまう。
「だいたいさ、僕を殺したいために恋人になった君のいうことなんて信用ならないんだけど」
「……あっ」
そういや、最初はコイツを殺すことを目的にしていたな。最近ではそちらの目的を見失っていたから……。
今思い出したのがバレたのか、今度はオズが驚いて、そして心底呆れたようにため息をついた。こんなにも心配しているのに。オズは人間なんだから、すぐ死んじゃうかもしれないのに。
そんな私の疑問にすら気がついているのか、私を小馬鹿にしながらこう告げる。
「それに、君が側にいたらなんら状況は変わらないでしょ? 君以外僕を狙う暗殺者は君が殺すしね。君は僕を狙ってる。ほら、変わらない」
ケラケラと笑って、視線をまた本へと移すオズ。何故かそのセリフが照れくさくて、なんかくすぐったい感じが嬉しくて頭を少しかきむしってしまう。本に視線を移したからどう返したらいいのかわからなくて、静寂の中、ただおろおろとするしかできなかった。流石に居心地が悪くなって、私はその部屋の椅子から降りて部屋から出ていこうとする前にオズが声をかけた。ただ、視線は本に向けられたままだったけれども。
「どこに行くの?」
「えっ、えと。夕食の買出し……」
「……ふーん。寄り道せずに帰ってくるんだよ」
「私はお前の子どもか!?」
おこちゃま扱いするんじゃないと扉を勢いよく閉めて、私は近場のスーパーへと駆け出した。その背をみて、オズが「言ったそばから」と吐き捨てていたのまでは、流石に聞こえていなかった。
▽△
ああ、ちょっとくらい変装してもよかったかもしれない。
スーパーに寄ったら店員に強盗と勘違いされそうになった。電話と店長を呼ぼうとしているアルバイトに私が一応無害だと知っている店長が現れて会計してくれた。
店長でも私のことびびっているけど、話ができるだけマシだ。きっと将来大物になると思う。
今日の晩御飯はハンバーグにしようかなとスーパー袋を片手に帰ろうとしていたら、夕方の日が急にそのへんに照ってきた。おかしいな。ここらへんは薄暗い住宅街のはずなんだけど。
そして顔を上げた瞬間、身の毛がよだった。きっと本能的にそいつが只者ではないと理解しているんだろう。
また、真っ黒の髪に真っ白の肌。生きた心地が全くしない男――冷泉恭真が、目の前に現れた。
目的はなんだろうか。たまたま私の前に現れただけなんだろうか。体制をかがめて睨みつけると、男は私の殺気なんて気にしていない……違う。目にも入ってないかのように、ただ知り合いにあったから声をかけた。そんな風に私に話しかけてきた。
それだけでどれほど異常なことか、それとも私を全く理解していないのか。
「やぁ。夜美ちゃんだよね。お買い物?」
「……ああ」
「そんな固くならなくていいよ。あ、今暇? お茶でもする?」
「……いい」
「そう。残念だな」
本当に残念と思っているのだろうか。ニコニコと笑みを浮かべている冷泉恭真に思わず生唾を飲み込んでしまった。動物的本能なのか。こんな体感初めてだ。
敵わないかもしれない。殺されるかもしれない。
そして、私は始めて死というものを恐怖した。あれほど死にたがっていた私が、今では死を恐怖している。
そこまで変わってしまったのだろうか。あの男に変えられてしまったのだろか。
「ねぇ。夜美ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
ふと、投げかけられた問いかけに私はいつの間にか地面に移していた視線を上へと上げた。そこには、夕焼けをバックにしているからか、薄暗い、だけどさらに薄く笑みを浮かべる男がいた。それはピエロが道端で道案内を先導するかのようで、電流が流れたみたいに背筋が凍る。
「オズベルトくんのこと、教えてくれないかな?」
そこから、私は理性というストッパーを失った状態になったんだろう。
懐から取り出した小刀は冷泉恭真の頚動脈に触れない紙一重の場所に停止していた。ただ、珍しく刀を持つ手が震えて、私は、全身をガタガタと震わせていた。
「あいつは、わたしがころす」
私だけなんだ。アイツを殺せるのも。本気で私にかかってくるのもあいつだけなんだ。
だから、そんなアイツを取らないで。
そんな願いが伝わったのか、冷泉恭真は私のおでこをツンと押した。よろめく私にくすりと笑った冷泉恭真が背を向ける前に、顔だけこちらに向けて告げる。
「まだまだおこちゃまだね。そんなんじゃ取られちゃうよ?」
宣戦布告みたいなものだったのだろう。
そこで、私の震えは止まっていた。
目の前にいる男は敵である。それだけでよかった。
オズに被害を与えるかもしれない敵。
それだけで、私の人生を不意にできる理由ができたのだから。
私は、開きすぎて乾いている目にソイツを映しながら、服に仕込んでいた日本刀を取り出す。その様子を楽しそうに見下ろす冷泉恭真。
日は、既に落ちきっていた。