真白、雲龍死ネタ
救いのない話







長生きは出来ない奴だと知っていた。早死してしまうんだろうとは、薄々感づいていた。そのくせ自分は実際、あいつが死ぬなんて、露ほども思っちゃいなかったんだろう。例えどんな過酷な戦場に身を投じても、例えどんな酷い怪我を負っても、いつものように、あの不敵な笑みで帰ってくるって、いつから過信してしまっていたんだろうか。そんな訳がないのに。あいつだって、精神は大分ぶっ飛んではいるが、少し強いだけの、普通の、人間で。それはつまり、当たり前に、死ぬということ。だけどそれが、どうしても信じられない。それだけ、久瀬先輩が目の前に現れて、告げた言葉はどうしても、リアリティに欠けていたのだ。それだけ、彼に、夜…本名真宮真白という男は、死の気配は何処までも付き纏っていたくせ、何処までも似合わない単語だった。


「彼奴は、真白は。死んだ。もう帰らない」
「え…、そんな、嘘ですよね、先輩……っ、あいつが!!!あの夜が、簡単に死ぬなんて、そんな…っ、!!」
「死んだ。……雲龍と、あの糞兄貴と、殺し合ったらしい。」
「そんな……」


なんだ、それは。出来の悪い、作り話だ、笑えもしない冗句だ。「ばッかだねェ、俺は死んでねェよォ、湊サン大袈裟ァ」怪我したあいつを心配するたび、けらけらと笑って零していた台詞を反芻する。今でもあの、少し高い、作った甘ったるい声が、耳に残っている。今でもまだ、聞こえてくる。ほら、なぁ、冗談なんだろ。バーカ、また騙されたァ。湊サン純粋無垢ゥ。そんなふざけた台詞吐きながら、帰ってこいよ。血塗れで、無様に、身体引き摺って這いずって、戻ってこいよ。なぁ。お願い、だから。帰ってこい、夜。



「……泣くな、早瀬。」
「っ……、っ、何で…何で先輩は、そんな冷静なんすか!?二人は、兄弟なんでしょう!?あいつが、先輩のこと、兄貴って…っ!!」
「違う。」
「……っ、」


那緒の表情は、いつもと変わらぬ無表情だった。いつもと同じ、冷たく、無機質に、何一つ感情浮かばず、何一つ動かさず。けれどほんの一瞬、彼の瞳に、激しい慟哭を見た。この人の感情の機微を図るのは酷く困難であったというのに、この時ばかりは、鈍感な方に振られるである湊でさえ、ありありと悲哀の色を認められたのだ。その瞳に二の句が告げず、喉元まで押し上がった言葉を飲み込む。ぐ、と、何かを耐え忍ぶ様に伏せられた眸、けぶる繊細な睫毛。


「俺達に血の繋がりは無い。あいつが俺を兄と呼び、俺もあいつを弟と呼んだ、其れだけの関係だ」
「っ…、」



元々、ただの、知り合いだった。何のきっかけで出遭ったのか、それすら正確には覚えていない。彼がまだヨルと名乗る前、真宮真白でありホストであった頃から、ずっとその縁は続いている。死をことごとく拒む那緒が、唯一真白だけが、死の気配を漂わせていようと、その刃が自分に向こうと、反撃の銃口は向けようとも、突き放さない存在だった。死んだと告げる声に滲む悲痛はとても深く、痛々しく、あまりに強かった。


真宮真白は死んだ。
雲龍という名の、最高の相手と殺し合い、身体中に傷痕を刻み、何発もの銃弾を受けて、そうして。高い、高い、高層ビルの屋上から、落下して。

悪党は悪党らしくと彼は笑う。
いつだって、真白は、確かに饐えた香りのよく似合う、薄暗い世界の住人であるくせ、どこまでも当たり前だった。自分に忠実に、自由に、歌うように、そうやって生きる男だった。その生き様が、湊には、どうしようもなく羨ましかったのだ。こつ、と、那緒が湊の額に拳骨を当てる。そして、握りしめていた何かを、湊の手の平に握らせた。


「っ、先輩…これは…」
「お前に遣る。…あいつの死体は、海に沈んで行方不明だ。これは、僅かに残った、言わば遺品だな」


捨てるも持ち帰るも、好きにしろ。
そう言い捨てて、那緒が踵を返す。湊が声をかけるより先に、彼の姿は闇に飲まれて消え去ってしまう。去り際、きら、と、彼の耳元が光った。それがピアスであると悟ったとき、湊は思わず自分の瞼を抑える。彼は、確か、耳にピアスなんて無かった。鎖骨に一つ、それだけだった。だから、きっと、あれは夜の、真白の遺品だ。派手なシルバー、けれど品よく、決して安物でないそれは、彼自身の様で、思わず冷たい滴が、瞳から零れる。手のひらに、握った、血塗れのナイフシース。引き抜いたコンバットナイフは、シース同様赤黒い血がこびり付いていて、ちょっとやそっとじゃその赤は拭えそうもない。だけど、これでよかった。彼の血潮の染み込んだナイフを抱え、地面に崩れ落ちる。声の限り叫んで、彼の名を呼んで、涙が枯れるまで泣き叫んだ。


笑うアイツの顔が、脳裏から離れない。
嗚呼、アア。
強烈に存在の染み込んだモノだけを残して、手の届かない世界に逝ってしまった。




それでもきっと、あいつはどうせ、どんな世界にいても。
いつもみたいに、不敵に、強気に、愉し気に。

歌うみたいに、笑う―――――。

















さ   よ う  なら。