現代組と和風組の絡み
和風組の現代設定的な






たとえばの話。
この世に超能力者がいるといったら、君は信じるだろうか。

たとえばの話。
この世に妖怪がいるといったら、君は信じるだろうか。


答えは?
イエス?それとも、ナンセンス?

――…まぁ、それはどちらでも構わないのだけれど。

さてさて、それでは始めよう。
奇怪で奇妙で異様な、日常のお話を。





大通りの喧騒から外れたその位置に、そのバーはあった。
繁華街の近くだというのにいやに静かで、どこかクラシックな雰囲気を持ち合わせているそのバーに、一人の男が入っていく。
その男は、派手な紅い髪をしていた。
からん。ドアが音を立てる。

内装は落ち着いていて品があり、流れる音楽も気を落ち着かせる心地よいものだった。
入っただけで、オーナーの気配りやセンスのよさを垣間見ることが出来る。
今日の客は、まだ二人だけのようだった。
黒髪の男と銀髪の男がカウンターに腰掛けている。二十代半ばほどだろうか、やけに整った顔立ちをしていた。

二人から少し離れた位置に、蒼い髪の男が一人シェイカーを振っていた。
すっきりとしたバーテン服が妙に映えている。
男は、入ってきた紅い髪の男に気がつくと、顔を上げて、ふ、と微笑んだ。


「いらっしゃい、兄弟」
「邪魔するぞ」


紅い男の名は紅といった。
この店でバーテンを勤める蒼い男、蒼の、義兄弟である。
紅はいわゆる刑事だった。
勘が鋭く上げた手柄は数知れないが、勤務態度のあまりよろしくない、不良刑事である。
義兄弟という間柄、仲のよい蒼の元へ仕事帰りに寄るのが常であった。


「今日は空いてるな」
「そうですね、そろそろ彼が…ああ、来ましたね」

「マスター、いつものね」


からん、とドアが鳴り、また新たな人物が姿を現した。
ぱっと目を引くのは明るい桃色。いや、桜色。鮮やかな桜が咲いたかのような髪色の上、髪は長く、横髪を長く下ろし、後ろでシュシュで一つに結んでいるため女のようにも見えるが、だがしかし、れっきとした男である。
大胆に肩を出したデザインの服を緩く着た、まだ若い青年だった。
彼は、此花咲耶。近くの大学に通う大学生だ。
その小奇麗な顔を利用して、小遣い稼ぎに援交紛いのこともしているという噂もあるが、その真実は、どうでもよいことである。


「いらっしゃい、咲耶さん」
「あれ?今日は刑事サンも来てんの?」
「仕事が片付いたからな」

「珍しい。わ、お兄さん達もいるじゃん」
「久しぶり、咲耶くん」
「よ、」


近くにいた二人組に気がつき、咲耶が声を漏らす。
そこにいたのは、恭真とシドだった。酒にはうるさい二人も、ここの酒はやけに気に入り、今ではすっかり常連だ。
そうして、時々やってくる咲耶と知り合ったわけである。
少し流れたほのぼのとした空気は、だがしかしすぐに打ち破られる。


「ハローハロー、咲耶くんおひさー!」
「なっ…なんでアンタがここにいるわけ!?未成年でしょ!」
「細かい指摘はナンセンス、さぁさぁ飲もうぜ」
「ちょっと…刹那!」


ひょっこりと咲耶の後ろから姿を現したのは、遠野刹那。
先ほどの咲耶の言葉通り、刹那は未成年、それも高校生である。
だが彼はマフィアのボスという裏の顔も抱えており、酒を飲むくらいは日常茶飯事なのだが、それは咲耶には言えない事情でもある。
何のかんのと言いながらも、このバーで彼に出会うことに、最早半分慣れ始めていた。
諦めて座ると、隣に当たり前のように刹那が座った。
そうして二人で飲み始める。これも、慣れてきた状況だった。

ぽつぽつと人が増えてきた。
しばらくすると、恭真とシドが立ち上がる。傍には綺麗な女性がいる。ああ、なるほど。視界の端で捉えた場面に、ふと状況を察知する。
お持ち帰り、ってヤツね。くすりと笑みが漏れた。
それを全く気にした様子のない刹那に、人知れず溜息を零しながら、彼らが出て行ったのを見送り、自分も席を立つ。


「帰るのか?」
「明日、一限からだし。それじゃあね」
「じゃーなー」





店を出て恭真と別れたシドは、一人夜の街を歩いていた。
先ほどの女性は恭真が連れて行った。
ちなみに、行きずりの相手と関係を持つのは、何も恭真だけではない。
今日がたまたま彼だっただけで、シドもそういったことをすることもあるのだ。ただ、恭真の女遊びが極端に酷いせいであまり目立たないだけである。
正直、単体で見ればシドも十分遊んでいる。


「…霧が出てきたな」


不意に空を見上げる。大きく空に浮かんだ月が、不気味なほど煌々と光り輝いていた。
こんな夜は、人ならざるモノにでも出遭うかもしれない。
そう考えればどこか愉快で、シドはくくっと笑みを零した。

少しずつ繁華街の喧騒からは離れていく。
寝静まった住宅街の方へと歩いていくうちに、特に何かを考えたわけでもないが、何となしに、シドはふらりと歩みを止めた。


「おんやぁ、珍しいネ。人の旦那がこんなところに何用ヨ?」
「……狐?」


気がつくと、そこは人の世ではなかった。
世界の裏側のようでいて、実はほんの隣にある世界。常闇の世界。妖の世。


「おい、狐。ここはどこだ?」
「旦那、夢現で歩いてたネ?駄目ヨ、この辺りは境界線が緩いから、すぐ迷い人になってしまうヨ」
「…そういえば、この辺りには怪談が多いな」
「すぐ帰るヨロシ、帰り道はあちらヨ」
「そうか」
「……旦那。何故反対の方角に行くカ?」
「お前、俺に道を教える前に、一度こっちに視線をやっただろう。それに、見るからに怪しい生き物を信用するほど、俺は馬鹿じゃない」
「…おお、一発で見破られたのは初めてヨ」
「じゃあな、狐。Addio」
「…嫌われてしまたナ」


Addio.
さようなら。二度と会わない。

長い三つ編みをぴょこんと揺らし、岩に腰掛けた黒い妖狐、月夜見はシドの後姿を見送ってけらけらと笑った。






暗闇の中、紫苑は一人歩く。
彼女である風葵の自宅となっているマンションから、帰ってくるところだった。
辺りに人の気配はない。これが女の一人歩きであれば、憚られるような静けさだった。
とはいえ、紫苑は一人、特に気にせずに歩を進める。
今夜は月明かりが綺麗だった。


「おかえり、紫苑くん」
「……貴方は、」


不意に、紫苑に声をかける男がいた。
今時珍しい…といっても、紫苑も家では着流しが多いのだが…着物に羽織り、長い白髪を下の方で結った、優しげな雰囲気の男がそっと佇んでいた。
十六夜。この辺りに住む、職業不明の謎のお兄さんとして近所の学生にはちょっとした人気だったりする。
何より優しく、この温もりに欠け、飢えたコンクリートジャングルの中で、何だかほんわりとさせる田舎の空気を味わわせてくれるのだ。運がよければ、時折、どこで買ったのかわからない、妙に美味しいお菓子もくれる。
登下校中の学生にはよく挨拶をしているが、とりわけ紫苑とはよく話していた。
何しろ、紫苑は基本的に帰りが遅い。時折風葵の元にも訪れているので、また遅くなる。
そんな紫苑を心配した十六夜が、こうして帰りの辺りの時間には少し外を気にして、上手く見つけられれば声をかける。
それが、いつの間にか定着してしまっていた。

「今日も遅かったね、疲れただろう」
「…別に。今日は彼女の家に行ってただけだから」
「それはいい。恋人は大切にしないとね」
「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみ」

十六夜と別れ、再び歩き出す。
相変わらず澄んだ空には、月がぽっかりと浮かんでいた。






はてさて、妖怪は何人いたでしょうね?








余談
氷桜、樹月、陽炎、空蝉は妖怪として生きてます
滅多に街には下りて来ません